106.ノレッジ校長からの呼び出し
「海……ですか」
ここは校長室。赤い絨毯に高そうな執務机が、どことなく緊張を張り詰めさせる。
威厳ある一室の中、カトリーナは困惑していた。
その日の授業が終わった直後、伝書魔法で一人呼び出されたと思ったら、目の前の机で両手を組んでいるノレッジ校長に開口一番、
「トレンスさん。明日から、海に行って貰えませんか?」
と、何の脈絡も無い事を言われたからだった。
―海へ行く?最近暑くなって来たとは言っても、海に出かけるような時期じゃないのに。
入学前に乗った船以降、海に縁の無いカトリーナにも、季節外れだと分かる今の時期。
―まさか、遊んで来なさいなんて言う為に呼び出したわけじゃ無いだろうし……そもそも、どうして私だけ呼び出されたの?
色々と疑問が溢れる中、口から出たのが冒頭の言葉だった。
「そうです。海……ビダーヤ海岸は知っていますか?」
言葉に困るカトリーナに、ノレッジ校長は続ける。
「ええ、知っています。「はじまりの浜」の事ですよね」
はじまりの浜―ホルムクレン公国の民に定着しているビダーヤ海岸の通称だ。その昔、ホルムクレンの魔女が率いる開拓民達が、初めて足を踏み入れた場所。
カトリーナの答えに、校長は満足そうに頷く。
「その通り。近代ホルムクレンの歴史の始まりを象徴する海岸です。魔女……レム様は当時の皇帝が切り捨てた帝国民を引き連れて、未開の土地に辿り着きました。それから、絶大な魔力と豊富な知識によって開拓の指揮を執り―」
―また始まった……。
カトリーナは心の中で天を仰いだ。ホルムクレンの魔女を心酔するノレッジ校長の魔女の説明は、果てしなく長い。入学式の話も、7割が魔女ヴィオラことレム様の話だった。
―呼び出される前は、デイジー達とお茶会をする予定だったのに……。
デイジーと花の精霊フィオーレ、エイミーと光の精霊ルーチェ、そして、カトリーナとプレオのお茶会。それぞれがお茶とお菓子を持ち寄って楽しむ会。ラトリエルが居ないのは、ささやかな女子会を兼ねているからだ。
―プレオだけでも参加させてあげたかったわ。最近はお行儀も良くなったし。私に予知能力さえあれば、召喚して二人に預けたのに……。
まさか、補習でも無いのに延々と歴史の話を聞かされるとは思ってもみなかった。楽しみにしていたお茶会への未練で、カトリーナの耳は校長の話を聞き入れず、更には苛立ちを感じ始めた。
―そもそも、はじまりの浜と私に何の関係があるのよ。そんなに歴史ある素晴らしい海岸なら、勝手に行ったらいいじゃない。私には約束があるのよ!
「校長先生、私を―」
呼び出した理由は何ですか?
と、いい加減に本題を聞こうと口を開いた瞬間―
ジャジャジャジャジャーーーーーーーーーーー……
ノレッジ校長の真上から水が流れ落ち、全身に水を浴びた校長は大きくくしゃみをした。
「いったい、いつまで待たせるの!?はやくしてっていってるでしょ!!」
幼げで可憐な怒鳴り声が、校長室に響き渡った。
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