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104.最初の犠牲者(4)


 二人は旧校舎の入り口を通り抜ける。

 灯りがあるにも関わらず薄暗い中で、カトリーナの顔は熱さで真っ赤になっていた。勿論、病の発熱では無い。


 先程、ラトリエルに抱き着くという、余りにも大胆な行動を取ったせいだった。


―どうして、あんな事をしてしまったの……さっきとは違う意味で気まずいわ。


 顔から湯気が出るんじゃないかと思う程に火照ほてった頬に、両手を当てる。汗が出ないのが、唯一の救いだ。ラトリエルとは、もう手を放していた。




 抱き着いた後、ふと冷静さを取り戻したカトリーナは、さっさと離れて、


「早く中に入りましょう。もうすぐ外も暗くなるわ」


 と言って、強引に校舎へと向かったのだ。


「あ、ま、待ってよ」


 慌ててラトリエルも後に続いて、今に至る。


 普段は自分の中の罪悪感を刺激しないために、婚約者の居るラトリエルとは、ギリギリの距離を保とうと努力しているカトリーナにとって、自分から抱き着いたとはいえ刺激が強過ぎた。


 距離を保つとは言っても、本物の婚約者が見たら、間違いなく激怒する距離感だが、それを指摘する者は、どこにも居ない。


 そもそも、ラトリエルには婚約者など居ないのだが、カトリーナの勘違いは未だに続いているのだった。


 ラトリエルはラトリエルで、急なカトリーナからの抱擁ほうように、心臓がドキドキしっぱなしだった。脳内が驚きと喜びを処理し終え、いざ抱きしめ返そうとした瞬間にカトリーナが離れたので、心の中は後悔で一杯だ。


―次は、次こそは……スマートに、紳士的に……


 カトリーナが恥ずかしがっている間、ラトリエルは、そう胸の内で誓っていた。




 それぞれの心の中が荒れ狂う中、二人は無言のまま、寄り添うように並んで廊下を歩く。窓のある壁の反対側は、教室も扉も、飾りすらも無い。青と黒が混ざり合った色の壁が続いていた。


「あ、見て」


 歩き始めて最初に声を上げたのはラトリエルだった。


「壁に何か書いてあるよ」


 彼の指差す先には、確かに文字が続いている。これからカトリーナ達が向かう方角から、続いているようだ。最初に目にした一番新しい文字は、カトリーナ達が予想していた名前が刻まれている。




『ジゼル・ブラン ××××年入学 ××××年死去 享年15歳』




―思ったよりもシンプルね。死因も、貴族令嬢の肩書すらも無い。唯の記号……。


 ラトリエルが心配していた罪悪感は、全く沸かない。

 それよりも、今まで壁だと思っていたのが、掲示板だった事が驚きだった。


―ギルドの依頼掲示板みたいなのを想像していたわ。紙とか書類とかが、所狭しと貼ってあるような……。


 賑やかなギルドの様子を思い出し、カトリーナは懐かしく思う。


―いろいろと教えてくれた旅人さんや、冒険者さん達は元気にやっているかしら。


 死者の名前が連なった掲示板を眺めながら、暢気のんきにも、関係の無い思い出に浸る。


「思ったよりもたくさん名前があるわね。ジゼル・ブランの上の名前も、他にも同じ年に二人亡くなっているわ。でも、入学年が前だから先輩かしら?知らない名前」

「ああ、きっと今の2年生だ。……あれ?入学年が書いていない名前がある」


 ラトリエルが壁―掲示板の上の方を指差す。


 ジゼルの名前のいくつか上にある名前。




『パトリシア ××××年死去 享年6歳』




 カトリーナは、入学式の校長の話を思い出す。あの時、ラトリエルは参加できなかったから、知らないのだ。


「入学式で校長先生が話していたわ。ある生徒の銀の鍵を使って、レーム学園に来てしまったご家族が、講堂の炎に焼かれて亡くなったって」

「あー、そういえば学校外に鍵の持ち出しが禁止になったのは最近だって、イヴも話していた。そっか、そんな事故があったのか……」


 パトリシアの名前の下は、同じく苗字の無い―おそらく彼女の兄の名前が刻まれていた。




『デニス ××××年入学 ××××年死去 享年17歳』




―デニスという生徒も、まさか入学していない妹が聖地で死ぬなんて、夢にも思わなかったでしょうね。


 そして、妹の死に自責の念が膨らんで、自らも命を失ったのだ。その事実に、カトリーナは悲しみで胸が痛んだ。


―不幸な事故がこの兄妹じゃなくて、私の身に起こったら良かったのに。


 もしも、妹のエレナが勝手に銀の鍵を使って魔法の炎で焼け死んだら、姉のカトリーナは誰も見ていない場所で一人、手を叩いて大笑いする事だろう。


 両親は嘆き悲しむだろうから、カトリーナにとっては喜ばしい事この上ない。とはいっても、カトリーナは伯爵家に帰らないから、その()()()()()は起こりようの無いのだが。



 ラトリエルもデニス達の死に思う所があるのか、じっと見つめていた。


「17歳かぁ。入学年を見るに、あと少しで卒業できたんだろうなぁ」

「そうかもしれないわね」


 レーム学園入学者の年齢はまばらだ。現にカトリーナは14歳だが、ラトリエルとエステル姉妹は、ジゼルと同じく15歳。

 他の生徒は知らないが、レスターは1年生の中で明らかに一頭ひとあたま抜けた年上だし、マルガレーテご令嬢も、ラトリエル達よりは年上に見える。



「ここで4年間も生き残れたのに……あんまりだよ」


 ラトリエルは、デニスの死を自分の事の様に悔しがっていた。自分が同じ目に遭うのが、嫌なのかもしれない。


―不思議ねぇ……


 カトリーナはラトリエルの様子や、掲示板に連なった死者の名前を見て思う。


―知り合いが死んでも、こんなにたくさんの入学者たちが死んだ事実を目の当たりにしても、私には、他人事にしか思えないわ。


 レーム学園―聖地で自分が死ぬ未来が、全く思い描けない。きっと、自分は何事も無く卒業するだろうと、カトリーナには自信があった。


―私が卒業する時に、誰が残っているかしら?


 ジゼルを最後に、カトリーナが嫌う人間は同級生から居なくなった。願わくば、全員が卒業出来たらそれに越したことは無い。


―デイジーとエイミーとは、卒業後も仲良くしたいわ。エルとは……


 そこまで想いを巡らせて、カトリーナは考えるのを止めた。




お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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