103. 最初の犠牲者(3)
―エルは私を怖がっているの?
ジゼルを死に追いやったきっかけとなり、平然としている私の事を?
―普段のエルなら、そんな私でも怖がらないわ。でも……。
今日は仕方のない日。
カトリーナ達1年生にとって、レーム学園の噂が現実に起きた初めての日。
普段は他者の事など我関せずな生徒の殆どが、一日中、心をかき乱されていた。
ジゼルと特別親しい者など、居ないというのに。きっと、ジゼルの死に彼彼女らは、無関係なのに。
それだけ、聖地ミコランダの恐ろしさを痛感したのだ。呪いは本当にあると。レーム学園では、本当に死者が出るのだと。
―エルも、今日は動揺しているのかもしれない。そして、ジゼルの死に関わっているのに動揺するどころか、一人楽しそうに授業を受ける私の事を、怖いと思ったのかしら……。
もしそれが本当なら
―失望するわ。私がこういう人なのは、エルにだって、今まで隠さなかったもの。出会って直ぐの王城で、私は包み隠さず……アザミを殺しかけた事まで話したんだから。
好きな人に良く見られたい。そういう願望はカトリーナにもある。だから、ラトリエルに凄いとか、可愛いとか、好意的に想って貰いたいと思って行動している節はある。
けれども、カトリーナはラトリエルを好きなる以前の、惨めな思いをしてきた自分の事を忘れた事は無かった。力を持ちながら、黙って家族や使用人達の仕打ちに耐えてきた愚かな過去の自分を。
―二度とやられっぱなしにはならない。例えその結果、私自身が破滅したとしても……エルに嫌われたとしても、私は、今の私が好きよ。
周りから恐れられ、忌み嫌われたとしても、性格が悪いと罵られたとしても。
それに傷つくような繊細な心を、カトリーナは持ち合わせていなかった。
―エルは私と同じだと思っていたのだけど……冷酷さは私ほどでは無かったのかもしれないわね。
私に優しくしてくれる、私好みの美少年。私じゃない愛する人がいる片思いの同級生。私と同じで、自分の周囲を汚すものには容赦しない冷酷な一面を持つ……と思っていたのに。
―これは、ある意味チャンスかもしれないわ。エルへの不毛な想いを断ち切る、絶好のチャンス。
好きな人に対して初めて湧き上がった失望。
たかが掲示板を見に行くだけで、こんな思いをするとは意外だったが、カトリーナは前向きな気持ちでラトリエルに聞く。
「私が、怖い?」
意気込みとは裏腹に、声が震えて弱弱しい。まるで自分の声じゃないみたいだ。
―やっぱり、嫌われたくはない。いつか私から去って、クラリスの元へ帰るのが分かっていても。
自分の中の矛盾が甚だしい。気持ちがこんなにも上手く整理できないなんて。答えや方法が明確にある魔法解析の方がまだマシだ。苦手だけど、今は本気でそう思う。
カトリーナの問いに、ラトリエルはきょとんとした顔をして、
「怖い?僕がカトリーナを?そんな事あるわけ無いよ」
と言った。そして、直ぐに視線を逸らす。
外された視線にカトリーナの心は、ますます沈む。
カトリーナは不貞腐れた投げやりな気持ちで、
「じゃあ、どうして、何にそんなに怯えてるの?さっきから、私から目を逸らしてばかりじゃない」
と、涙交じりの声が出た。涙は出ていない。こんな幼子の様な―エレナの様な真似、したくはなかった。それでも、出てきた声は取り消せない。
「ほ、本当に違うんだ。わかった、正直に話すよ。だから、泣かないで!」
「泣いてなんか無いわ。声が勝手に震えただけよ」
涙声を聞いて慌てたラトリエルは、カトリーナの方を真っすぐと見る。
「ぼ、僕は心配なんだ。カトリーナまで居なくなるんじゃないかって。君なら大丈夫だってわかっているのに……気に病んでしまうんじゃないかって、不安で」
ラトリエルの吐露に、今度はカトリーナが首を傾げる番だった。
「私が気に病んで居なくなる?どうして、そう思うの?」
「だって、ブラン嬢の事、無関係じゃないんだろう?」
ラトリエルは真剣な顔で言った。
「君達に何があったかは聞かない。君が傷つかなければ、細かい事はどうだっていいんだ」
彼の口から紡がれる言葉は、とても身勝手で、熱烈なものだった。
それを受けたカトリーナは、嬉しい気持ちと気恥ずかしさで頬が熱くなる。
「カトリーナ。君は訳も無く誰かを追い詰める人じゃない。いや、仮に、もしそうだったとしても―」
繋いだままの手に右手を添えて、カトリーナの手は包まれる様に握られる。ラトリエルの右手指に、少しぎこちなさを感じた。
―そういえば、エルが手袋を外した所、見た事無いわ。
ふと、そんな事を思ったが、今はそれを考える余裕は無い。
目の前で、ラトリエルが不安そうな顔をしているのだから。
「お願いだから。ブラン嬢なんかのせいで消えないで欲しい」
今の台詞をジゼルの家族が聞いたら、ラトリエルは只では済まないだろう。
けれども、彼にとって、そしてカトリーナにとって良い事に、この場にジゼルを想う人は居ない。
そんなラトリエルの瞳は、小さなカトリーナを映し、未だに怯えていた。
「掲示板を見に誘った時は、何とも思っていなかったんだ。でも、旧校舎の前に立った時、何故か急に不安になって……君が、居なくなるような気がして、それで―」
話している途中のラトリエルの手を解いて、カトリーナは思い切り彼を抱きしめる。
「私は絶対、呪いなんかで死なないわ」
抱きしめた身体は、少し冷たかった。まだ肌寒い気温の中、しばらく外に居たからなのだろう。もしかしたら、自分の身体も冷たいかもしれないが、ずっと繋いていた手だけは温かい。
カトリーナにとって、ラトリエルの不安は的外れも良いところだった。ジゼルの死を自分のせいだと思った事は、一度も無い。むしろ、勝手に自滅した愚かな少女だと、呆れているくらいだった。
「私の性格が悪いの、エルだって分かってるでしょ?」
「そ、そんな……性格が悪いなんて……」
抱きしめたまま、いたずらっぽく笑うと、ラトリエルは困った様に言った。
「だから、私は大丈夫よ。もしも、掲示板に『ジゼルはカトリーナに殺された』って書かれていたとしても、痛くも痒くも無いわ」
自身を持って言うと、ラトリエルは
「それは心強いなぁ」
と、言った。見えないがいつも様に、綺麗な顔で笑っているのだろう。
―でも、エルの不安や心配、私に消えて欲しくないって気持ちは、凄く……なんというか……
言葉では言い表せないくらいに、カトリーナは幸せだった。
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