102. 最初の犠牲者(2)
旧校舎は何百年も前に建てられたようで、様式までも古い建物だ。学校の設備として手入れはされているが、授業でも集会でも使われない為か、どこか寂しげに見える。
「案外、普通の場所だね。古いだけで怖くなんて無いや」
校舎を見上げ、ラトリエルは強気で言った。その声が上擦っているのにカトリーナは気が付いたが、知らないフリをしてあげる。
転移した時から手を繋いだままだが、あえて自分から離しはしない。
「他の人は来ていないのかしら?」
誰かが居たら、せっかくの二人きりの時間がなくなってしまう。
エステル姉妹達と4人で居る時は全く気にならないのに、カトリーナは邪魔者が居ないかと、辺りを見回した。
「殆どの人は呪文学の後、すぐここに来たんじゃないかなぁ。その次の授業でも何人か遅刻していたし」
ラトリエルが校舎に目をやったまま答える。
彼の言う通り、今日の授業―特に呪文学の次にあった薬草学は、今までで一番遅刻が多かった。
今日は「仕方の無い日」という暗黙の了解の上、薬草学担当は、あのメディアン先生だったから、遅刻者達が咎められる事は無かった。
が、授業中そわそわした雰囲気と張りつめたような雰囲気が入り交じり、平常心だったカトリーナすらも調子を狂わされるほどに、教室全体がギクシャクとしていた。
流石のメディアン先生も途中で授業を中断して立ち上がると、
「いつも通りー、いつも通りー。そう思い込むだけでも違うよー。はーい、みんな立ってー」
ローブをバサバサと動かして生徒達を立たせる。
「はーい、深呼吸ー。吸ってー吐いてー。聖地の空気はー、地上でー最も澄んでいるのー」
合奏の指揮者の様に両手を振りながら先生は
「強きー者がー生き残るー。私はー、僕はー、大丈夫―」
と、独特な掛け声で盛り立て、生徒たちは素直に深呼吸を続けた。傍から見ると、異様な光景だったに違いない。
この深呼吸の効果はよくわからないが、途中でファンソンとカグラが過呼吸を起こして倒れ、薬草学の授業は完全に止まり、メディアン先生は怒りの形相のコルファー先生に引きづられて行ってしまったのだった。
―メディアン先生も気の毒ね。あの後の授業は皆、落ちついてたから、全く意味の無い事だとは思わないのだけど。
首根っこを掴まれて連れて行かれるメディアン先生を思い出し、カトリーナは少し同情した。倒れた二人は直ぐに落ち着きを取り戻して、授業に戻って来たから猶の事。
「私達が、今日最後の見学者ね」
校舎を見つめたままのラトリエルに習って、玄関先に目を向ける。やっぱり古いが、不潔感は無く、唯々薄暗い。
「行きましょう」
手を繋いだままカトリーナは旧校舎へ向かう。
が、
「……?」
直ぐに歩みを止めた。
ラトリエルが、その場から動かないのだ。
―手を、離したいのかしら?
そう思って握る手から力を抜くも、ラトリエルはカトリーナの手を離さない。それどころか、更に強く握り返される。痛くならない様に、配慮された力加減だった。
―もしかして、エルは怖がってる?
何が怖いのだろう。寂し気で薄気味悪い旧校舎?
それとも、これから見に行く掲示板?
カトリーナは思案する。
素直に「怖いの?」とか「私が居るから大丈夫よ」とかを言うと、ラトリエルの自尊心は傷つくだろう。
ラトリエルは、案外子どもっぽい所がある。それが愛おしいのだけど、こういう時にどうすれば良いか悩む。
「カトリーナ」
震えた声でラトリエルが呼ぶ。
「君は、判っているんだろう?彼女に何があったのか。この先に何が書かれているのか」
曖昧な表現で問うラトリエルに、カトリーナは
「ええ、大体の予想はついているわ。それが的外れだとも思わない」
と、答える。
「私の知っている事が全てなら、ジゼルはきっと最初の犠牲者よ」
―犠牲者……。あんまりしっくりこないわね。あの人がこうなったのは、自業自得だもの。
「それは……ジゼルがこうなったのには、カトリーナが関係しているの?」
「無関係じゃないわ。昨日色々あってね」
素直に正直に答えながらも、カトリーナの思考は止まらない。
ラトリエルが何を考えているのか、何を感じているのかが、全くわからなかった。
―エルは私を責めている訳でも、ジゼルの死を悲しんでいる訳でもない。
それは、手を握ったまま向かい合った彼の声色と目が物語っていた。怒りや嫌悪、悲しみでは無く、何かに対する怯えがラトリエルの瞳から感じられる。
―まさか……。
ラトリエルの瞳に移った自分の姿を見て、カトリーナはある結論に達する。
―エルが怖がっているのって、もしかして私の事?
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