101. 最初の犠牲者(1)
復帰した初日の授業がすべて終わった。
コルファー先生の授業以降、暗い空気の教室とは逆に、カトリーナの気持ちは晴れやかだった。
―久しぶりに充実した一日だわ。どの授業も、私が出ていない時の内容のおさらいみたいだったし。先生方の采配かしら?おかげでエル達からのノートが、更に役に立ったわ。
カトリーナはそれぞれの授業で教科書と先生の話に加え、ラトリエル達から貰った大切なノートと照らし合わせて授業を受けていた。それで、授業内容が重複している事に気が付いたのである。
これは、学校側の監督不届きで重傷を負ったカトリーナへの贖罪だった。ここがレーム学園で無かったら。カトリーナを心から心配し愛情を注ぐ家族が居たら、こんな事では済まされない。
本来ならば、紙面を飾る程の大不祥事だが、世間では「精霊に裁かれた大罪人」の話題で持ちきりなのが功を奏し、誰もレーム学園の事を糾弾はしなかった。
が、カトリーナにとっては、そんな世情や学校側の責任など、どうでも良かった。魔法の授業が受けられる。それが今の彼女にとって、一番幸せだったからだ。
「カトリーナ嬢」
本日最後の授業が終わり、各々が教室を出て行く中、ラトリエルに小声を掛けられる。カトリーナは黙ったままエルに目配せをして、教室から人が居なくなるのを待った。他の者達に続き、エステル姉妹も早々と教室を去って行った。
―二人とも……特にデイジーは元気無いみたいね。朝も顔色が悪かったし、夕食の時に、アキレア先生特製のハーブティーを薦めてみようかしら。
「カトリーナ」
ラトリエルが再び声を掛ける。
教室に残ったのは二人だけなので「嬢」が付かない。
「なあに?エル」
カトリーナも愛称で想い人を呼ぶ。最初はクラリスへの気まずさや、恥ずかしさのあったこの呼び方も、今では何でもなく呼べるようになっていた。
エル、と呼ばれたラトリエルは嬉しさを隠さずに可愛く笑い、そして、少し緊張した面持ちで、
「今朝、コルファー先生が話していた旧校舎は、もう見に行った?」
と、聞いた。
カトリーナは首を横に振り、
「行っていないわ」
と答える。
他の1年生とは違い、旧校舎の掲示板には関心が沸かない。
何が書かれているかは分かり切っている。
それに―
―早くプレオに会いたいわ。まだ召喚していないもの。
カトリーナは医務室で立てた予定を変える気は無かった。掲示板は気が向いた時に見に行けば良いと。
そう思っていたのだが……
「そっか。僕もまだ行けて無いんだ。良かったら、今から一緒に行かない?」
「ええ、行くわ。行きましょう」
速攻で予定を変えた。
脳内でプレオが「ブォォ」と不機嫌に鳴いている姿が浮かぶ。
―可愛いプレオ。夜中に必ず召喚するから。今だけは許して。
心の中で謝りながら、部屋におやつが残っているかを思い出す。確か長期保存の物があったはずだ。これで機嫌を直してもらおう。
「デイジーとエイミーも、誘ったら来るかしら?旧校舎は薄暗くて気味が悪いし。人が多い方が……」
カトリーナは言いかけて、先程教室を出た二人の顔を思い出す。
―今日、二人は調子が悪そうだったわ。ついさっきの事なのに。私、ちょっと浮ついてるわね。気を付けないと。
「やっぱり今日は私達だけで―」
「彼女達はもう行ったみたい。さっき聞いたんだ」
食い気味で話すラトリエルに「そ、そう」と少し圧倒されながらも頷く。
「二人はいつ見に行ったの?私達、最初の授業からずっと一緒だったから、意外だわ」
「今朝の授業前だって。あの二人はご両親から掲示板の事を聞いて、知ってたんじゃないかなぁ」
エステル姉妹の両親はレーム学園の卒業生。
掲示板の事も、きっと娘達に色々と話している事だろう。
―でも、どうしてそんな朝早くに旧校舎に行ったのかしら?先生から聞くまで誰もジゼルの事を知らない筈なのに……。
考え込むカトリーナに、
「僕と二人だけじゃ怖い?」
と、おそるおそるラトリエルが聞く。
「そんな事ないわ。怖くなんて無いもの」
―むしろ……嬉しいくらいだわ。二人で過ごす時間は貴重だもの。
カトリーナはポケットから銀の鍵を取り出す。
昨日、ジゼルから返されたばかりの鍵。
「行きましょう」
カトリーナが手を差し出すと、ラトリエルは照れながらもその手を取り、しっかりと握り返す。
―旧校舎へ。
場所を思い浮かべながら念じると、二人の身体は教室から消える。
誰も居なくなった教室には、静寂だけが残った。
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