100. 呪いへの確信
「入学してから皆さんにとって、初めての事が起こりました」
生徒は皆、黙ったまま先生の話の続きを待つ。「何が起こったんですか?」と聞きたいし、自分以外の人から質問が出てきても良い筈が、誰の口からも問いかけは出て来なかった。
心の中で皆、何となく察してはいた。ジゼルの身に何が起こったのかを。けれども、明確な答えが出るまでそれを認めたくなかったし、今すぐに進んで知りたいと思うには、怖かったのだ。
心当たりのあるカトリーナを除いて。
―きっと、ダメだったのね。後は、本人の図太さだけが、頼りだったのだけど。
カトリーナは小さくため息をついた。隣に座るラトリエルが「どうしたの?」と言う風な目を向けたので、「大丈夫よ」と目配せをする。
「私の口から、そして、他の先生から、何が起こったのか詳細を話しはしません。ですが、ここの生徒である以上、知っておかなければならない事があります」
コルファー先生は、一呼吸おいて話し始める。
「本日……時間のある時で構いません。旧校舎1階の掲示板を御覧なさい。2階以上は老朽化が進んでいますので、許可できませんが。1階だけは、今後も立ち入りを許可します。」
旧校舎は原則、立ち入り禁止の校舎だ。常に薄暗く長居して気分の良い場所では無い為、進んで中に入る人は居ない。聖地の特色上、規則を破る生徒が居ないというのも理由の一つだが。
「旧校舎……」
マルガレーテが呟く。微かな声だが教室がしんとしていたので、近くに居たカトリーナの耳には入った。彼女が授業中に声を発したのは、エイミーの次に珍しい事だった。
「その掲示板が何なのか。何が書かれているのかは、ご自身の目で確認してください。後は、私から皆さんへ忠告……いや、お願いです」
コルファー先生は真面目な顔に気迫を込めて話す。
「看板の内容に心当たりがあったとしても、気にしない……気に病まない努力をしてください」
先生の言葉に何人かの生徒は首を傾げる。ラトリエルもその一人で、顎に手をやって意味を考えているようだった。心当たりのあるカトリーナには、先生が何を警告しているのかわかっていた。
「人は誰しも、子どもも大人も関係なく、相手を……誰も傷つけずに生きて行く事は不可能です。ここが聖地で無かったら……本来ならば、時が解決する場合もあるでしょう。しかし……」
コルファー先生が言葉を詰まらせた。今日は珍しい事が続く。
―仕方のない事よね。先生は研究が主な仕事とはいえ、教育者。慣れてはいるのかもしれないけど、何の感情も沸かない人では無さそうだもの。
膝の上で両手を組みながら、先生の続きを待つ。他の生徒達はそわそわしつつも、大人しく先生を凝視していた。そう、今回ばかりは仕方がない。カトリーナの予想が、他の生徒達の予感が正しければ、アザミの起こした騒ぎなどの異例を除き、入学して初めて、身近に聖地の恐怖が迫っているのだから。
「ここ聖地ミコランダは、人間の感情や成長を決して待ってはくれません。過ちを償う時間も、相手を許す時間も」
―私がジゼルの死を悔い悲しむ心優しい少女だったら、先生の言葉は慰めになったかしら?それとも、更に追い込まれるのかしら?
カトリーナはふと思った。こうして他人事のように考察できるほどに、ジゼルを死に追いやったであろう本人は、全くに気に病んではいない。
「……少し話過ぎましたね。さぁ、授業を始めますよ」
コルファー先生は両手を叩いて、気を取り直す。子ども達は先生に習い、教科書を開き授業の姿勢に入るが、気持ちは上の空だった。
この教室で、おそらく最も真実に近い所に居る、カトリーナを除いて。
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