1.忌み嫌われた魔力持ち令嬢による反逆(1)
ある貴族の家にて―
「酷いわ、お姉さま。私の事が嫌いだからって、酷すぎます」
リボンやフリルがふんだんに飾られた、高価なワンピースを身に纏った少女が大粒の涙を零し、目の前の姉に訴える。
「大丈夫ですかお嬢様」
「お可哀そうに」
少女の周りには、彼女に同情する侍女たちが数人居り、代わる代わる慰める。少女を泣かしたもう一人のお嬢様を睨みつける事も忘れない。
悪者にされた姉―カトリーナは、はぁ、とため息をついた。もう誤解を解く気にもなれない。
一人で勝手に転んだ妹が「お姉さまが魔法で転ばせた」と言って、こちらを悪者にするのは、今回で何度目だろう。
転んだ時だけではない。
楽しみにしていたお出かけの日に雨が降れば「お姉さまが意地悪をして雨を降らせた」だの、カトリーナが勉強で良い成績を収めても「魔法でズルをした」などと嘘を言いふらす。
そんな事実はないと妹にも両親にも、そして周囲の者にも説明するが、誰一人としてカトリーナの言葉に耳を貸さない。
ごく普通の貴族の家に突如として生まれた魔法の才を持つカトリーナは、家族にとって気味の悪い存在だ。そう言われて育った。
この家では、「普通」の妹の言うことが正しく、「異端」のカトリーナが言うことは、全て自分たちを騙す嘘なのだ。
カトリーナは、また、はぁと大きなため息をついた。その態度に妹は更に大泣きし、侍女たちはこぞってカトリーナを非難した。
なんて不快な生き物だろう。
カトリーナには、血を分けた妹も、制服に身を包んだうら若き侍女たちも、知性の無い醜い獣に見える。
それと同時に、なぜ自分はこんな者たちに好き放題言わせたままなのかと、疑問に思った。
なぜ急にそんな疑問が浮かんだのかは、カトリーナ自身にもわからなかった。
けれども、そういった考えが浮かんでしまった以上、今までの様に黙ったままやり過ごすのは癪に障る。
カトリーナは、自分の不注意で転んで泣いている妹を見つめる。
―貴女の嘘を本当にしてあげるわ。
カトリーナは、右手を大きく振って水を―先程、妹が走って来た時に滑った庭の泥水を操ると、妹と侍女に向かって放った。
ビシャッと醜い音を立てて、妹と侍女たちは頭から泥に塗れた。
カトリーナが魔法を使ってやり返したのは、今回が初めてだった。
妹が長年付いてきた嘘は、カトリーナが実行しなかっただけで、殆どがやろうと思えば可能だった。雨を降らせるとかは、流石に出来ないけれど。
妹と侍女たちは、こんな形で反撃されると思っていなかったのか、一瞬呆然としたが、直ぐに泥まみれの顔を歪めて悲鳴を上げる。
「なんてことするのよ、人でなし!あんたなんて―」
妹が怒鳴るのを無視してカトリーナは続いて水魔法を使って、泥まみれ女たちに水を浴びせる。
直前まで怒鳴っていた妹は、その水を飲んだのかゲホゲホとせき込んだ。妹たちに張り付いた泥は流れたが、さっきとは比べ物にならないくらいにびしょ濡れになった。
特に妹のお気に入りのワンピースは、可愛らしいフリルが水を吸った重みで見る影もない。
「貴女達、自分の立場を分かってるの?」
カトリーナは、妹の背中を摩る侍女たちに目を向けて言った。侍女達は、今まで見たことのないカトリーナの剣幕にびくりと怯える。
「私は貴族で、貴女達は平民。貴族が自治領の平民を殺しても罪に問われないことを、まさか知らないの?」
カトリーナがそう言うと、侍女たちは顔を青ざめてガタガタと震えだす。
「私は、今ここで、貴女達を、溺れさせることもできるのよ」
愚かな平民にわかりやすいように、態とゆっくり話した。
たった今自分たちをびしょ濡れにした目の前のお嬢様に、侍女たちは慌てて地に額を付けて命乞いをする。
「お許しくださいカトリーナお嬢様!」
「もう失礼なことは申しません!」
「どうか、お許しを!」
カトリーナは、必死な様子の侍女達を無視して、今度は妹に話しかける。妹もまた、いつも見下していた姉の事を、今は怪物でも見るかのような目で見ていた。
大粒の涙は、いつの間にか止まっている。
「どうしたの、いつもみたいにお父様やお母様の所に走って助けを呼びなさいよ」
カトリーナの言葉に、妹は何かを言おうとしていたが、震えすぎて声にならなかった。足を動かしているようだが、腰が抜けて立てないらしい。
そんな妹を見下ろして、カトリーナは言った。
「だけど、気を付けてね。私この間、やっと水を凍らせる魔法に成功したの。貴女がついた嘘のせいで、窓もない別棟に閉じ込められた時にね。―あなたの背中に氷の槍を放り投げてしまうかもしれないから、逃げるならさっさと逃げなさい」
カトリーナが淡々と話し続けると、妹は白目をむいて倒れた。地面に倒れた妹に、今度は誰も駆け寄りはしなかった。
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