種を探して
周囲は荒れているものの、巨木が存在していた場所は幹によって押しつぶされ、あるいは押しのけられていたためか、表面的に確認できる瓦礫そのものは比較的少なかった。
かといって進みやすいかと聞かれれば答えは否である。
根があった跡に残された穴がそこかしこに空き、地下の根が消えたために出来た空洞が崩落してあちこちが陥没しており、木が成長した際に押しのけられた土には砕かれた石畳と巻き込まれた家屋が混ぜ込まれ、いびつな小山が方々に連なっている。
オマケに緑のガスと舞い上がった土埃が混じり合い、視界も良好とはいえない状況だ。
そんな環境であっても、探索者たちは手馴れた様子で早いペースを維持し進んでいく。
そもそも彼らは滅びてしまった古代文明の遺跡の探索を生業としているのだ。年月により朽ち廃墟と化した遺跡は倒壊した箇所も多く、また地下構造物の内部は大概日の光が届かないため視界不良も日常茶飯事とすらいえる。快適さとはほど多い道程を踏破することには慣れていた。
そんな中、大柄な探索者に背負われて、時折小さく悲鳴を漏らす青年が一人。
セドリック、ではない。
遺物管理組合に所属する職員であり、倉庫内に保管された遺物の管理に携わり、巨木の種子状態と思しき遺物をその目で確認し記憶している、本作戦の重要人物だ。
なにせ探索者たちは巨木が成長前にどのような姿だったのかを知らない。遺物であるが故に木だからと言って種子から生えるとも限らず、種子だったとしても形、大きさ、色など何もかもが不明だ。
しかも巨木は大量の遺物を保管していた倉庫から生えたため、周囲に巨木とは無関係の遺物が散らばっている可能性が高い。
そんな状態では縮んだ巨木の遺物がどれかなど分かるはずもない。探しだすのは到底不可能である。
よって作戦が立てられるにあたり、巨木発生時に持ち出された資料は念入りに総ざらいされ、どうにかこれだろうと特定された遺物の、管理に関わっていた職員が探し出され、該当したのが彼であった。
この後の捜索でそれらしきものを発見した際の同定のために、探索者上がりでもない荒事に縁遠い青年は哀れにも危険地帯に駆り出され、そして不慣れと筋力不足に由来する移動速度の遅さから早々に体力自慢の探索者に担がれることとなったのである。
魔術師であるセドリックも探索者としては本来移動が速い方ではないが、独自の技術による周辺探知は此度のガスと土埃による視界不良と足元不如意の環境と相性が良く、結果としてほぼ最適な足運びを披露することとなり、中堅である彼の作戦参加に懐疑的だった上級探索者たちに地味に見直されるという副次的効果を生んでいた。
一行は大穴の間を縫うように進んでいくが、中心に近づくほど穴の大きさも数も増してゆく。
「たぶん、倉庫についたと思うんですが……」
「確かに距離から考えたら、この辺りのはず?」
「こりゃひでぇもんだな。跡形もねぇや」
先頭を任されていた上級探索者の斥候役が歩みを止めて振り返り、後ろの面々に声をかけた。
少しばかり自信なさげな様子なのも無理はない。遺物を保管していた倉庫があったはずの土地は、食い荒らされたように大穴だらけであり、まったく原形を留めていなかったのだ。
幹との接続点であったために根の密度も太さも他所の比ではなく、それに伴い大規模な崩落も多かったようで、周囲一帯は穴に塗れた瓦礫だらけの巨大クレーターといった有様だった。
同行した職員の記憶が正しければ、巨木の種子は成人女性の握りこぶし程度の大きさで薄黄色、表面はクルミに似た質感で硬く、やや扁平な楕円形のはずである。
このひっくり返ったように荒らしつくされた場所から、捜索隊はたったそれっぽっちの大きさしかないものを見つけなければならない。
「こんなに穴だらけじゃ中に落ちている可能性も高いな。ロープは足りそうか?」
「持てるだけ持ってきたし、これで不十分ならどーしようもないよ」
「崩れたとこに埋まっちゃってたらマズいわねぇ」
予想していた以上の惨状に、しかし予想外こそが想定内なのだと、遺物慣れした上級探索者たちは自然と数人ずつに分かれて種子の捜索を開始する。
ロープを固定し、穴の中に降りてゆく者たち。瓦礫の塊の隙間を調べる者たち。比較的平坦な場所を素早く確認していく者たち。
そして、それらの小集団に混ざらず、セドリックは周囲の環境から『ど真ん中』だと判じた場所に静かに立っていた。
セドリックの行う周辺探査は、簡単に言ってしまえば自身の周囲に大量のセンサーをぶちまけるようなものである。
魔術の大本は太古の神々の力を借りた雨乞いなどのような古来の儀式であり、現代にいたるまでの研鑽と試行錯誤により発動に至るまでの期間こそ短時間となっているが、得られる結果は基本、神話に記された神の御業に基づいた限定的でシンプルな物だ。
強風を吹かせる。氷の塊を出す。火の玉を生む。
魔術の効果は本来、ただそれだけ。
その複雑さのない恵みに応用性を持たせるのが、魔導書である。
記述された補助式に魔力を流して展開し、魔術の発動に差し込むことで『包み込むように』強風を吹かせたり、『前方に飛ぶ』火の玉を生んだり、といった風に、まさしく文字通りの魔術を導くための書、という訳だ。
だがセドリックは、それを普通には使わなかった。
彼が彼の魔導書に刻んだのは、おびただしい数の特定の系統の補助式。
魔術道具の工房などで主に用いられる『受動反応系』と称されるその一群の式は、本来は魔術道具に込められた魔術の発動や変質において条件付けを付与するために用いられるものだ。
《触れたら》《離れたら》《明るくなったら》《暗くなったら》《加熱されたら》《冷却されたら》《音が鳴ったら》《振動したら》等々。
分厚い魔導書一冊をほぼ埋め尽くすほどに書き連ねられた、全て挙げればがキリがないほどに多様で膨大な補助式は、魔力を通されることで周囲に広がり、もう一つ刻まれた特別な式によって、発動する魔術ではなくセドリック自身の精神と繋げられる。
補助式から魔術へと伝達されるはずの反応を、直接自身にフィードバックさせることで、補助式が展開している範囲内のあらゆる情報を掌握する。
それこそが彼の扱う探査術の正体なのである。
探知できる範囲は上級探索者には遠く及ばず、せいぜいが中堅どころの斥候役と同じ程度。補助式の展開のために少量とはいえ常時魔力を消費する故の長期間の探索への不向きさに、通常の魔術へ割けるリソースの減少による火力の低下。
そういった理由から、総合的に見た彼の探索者としての実力は中堅止まりでしかない。
しかし、その特性故に。
たとえ視線の通らない曲がり角の先でも。
草の海にしゃがんだ誰かのブーツの後ろでも。
大穴の側面に露出した瓦礫の塊の、小さな隙間の奥にだって。
「見つけた」
セドリックの『目』は、魔力の通る場所ならどこにでも届くのだ。
「…………いや、これは無理では……?」
大穴全体を改めて確認した魔術師は、ほぼ垂直に開いた底の見えない深い穴の下の方の壁にある目標の瓦礫群の、細くて長い隙間の奥に転がる種子に、思わず呟く。
悲しいかな。目が届いても、手が届くとは限らなかった。
探索者豆知識6:魔術による精神干渉
精神への干渉は非常に難易度の高い術であり、ほんの僅かなミスで容易に廃人を生み出すため、特別な資格を持つもの以外が他者に使用することは固く禁じられている。
精神同調は自己の精神を周囲に合わせて変化させるもののため、他者への精神干渉には含まれない。