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タイムリミットの発生

 巨木が発生して四日目。その対策は現在、手詰まり状態となっていた。


 一回目の枯死剤の投与は遺物の木の八分の一程度を枯らすことに成功したものの大枝の落下を引き起こしてしまい、そのたった一本の枝が落ちた衝撃と飛散した諸々によって、周囲の広大な範囲に亘って建造物等に壊滅的な打撃を与えてしまった。

 巨木の残った部分にも大枝はそれなりの数があり、単純に計算しても、巨木を完全に枯らすためにはこの八倍の被害がでることになる。それはさすがに許可できないと、行政と組合の両方から作戦の中止指示が出されていた。


 新たな対策が必要となったが、有識者による侃々諤々の議論が交わされているものの結論は未だ出ていない。


 残った薬を改良し、枝先から作用するようにすればどうだろうか? 枝先からでも枯れた枝が落下しない保証はない。その場合の被害はどう予測されるのか。

 枝が落ちるのが問題なのだから、落ちないようにできないか? 固定するにも、先から小さく切り分けて下ろすにも、あまりに大きく重すぎる。

 どうせ根のせいで木の周囲は大層なありさまなのだから諦めて枝を落としてしまっては? ダメに決まってるだろう馬鹿か貴様は。馬鹿とはなんだ馬鹿とは。


 そんな白熱したやり取りが広場に設置された仮設の対策本部である天幕内部から漏れ聞こえてくる中、異常や他に落ちそうな枝が無いかと巨木の様子を偵察しに行っていた飛行可能なタイプの獣人によって、さらなる問題が発覚した。


「報告! 報告! 枝に蕾っぽいものができてるっす! いっぱいっす!」


 広場に舞い降りるなり、慌てた様子で翼をばたつかせながら告げられた言葉に、その場にいた全員の顔色が一斉に青く変わった。


 枯死剤によって死の危険を感じた故の生存本能か、あるいはただ異常な成長速度によるものかは分からないが、昨日に偵察を行った際にはなかったはずの蕾が今日になって確認された。

 そして、蕾ができたなら、その後は当然花が咲き、そして種となるのだろう。


 巨木一本でも対処しきれていないのだ。いくつもの種子が枝からばらまかれ、それが今ある巨木と同様に一日と立たずに雲に届くほど成長しようものなら、この街は間違いなく壊滅する。

 いや、この街だけではない。巨木が増殖し、同様のペースで生え広がれば、国を、そして大陸中を埋め尽くす可能性すらある。

 

 種が実る前に、何としても対処しなければならなかった。




 遺物管理組合は巨木対策の公募を開始していた。


 これは過去の遺物による事件の際にもしばしば行われていたことだ。

 探索者たちは遺跡内で突拍子もない目に合うことが多々あるため、その経験から常人では思いつかないような案を出すことがある。それに期待してのことだった。


「というわけで、何かいい案はありませんか? 良い作戦を提案してくれた方には、なんと組合提携の食堂でピクルスの小鉢と引き換えられる五枚つづりの券をプレゼントしちゃいますよー」

「やけに報酬がしょぼくないか」

「被害甚大につき多大な出費が予測されますので、当支部全体で節約が厳命されてますからー」

「そうか……」


 にっこりと笑顔ではあるが、隠しきれない疲労が目の下に浮かんでいる顔なじみの受付担当職員に、セドリックは同情の視線を向けた。


 なにせ街どころか国まで揺るがし得る大事件なのだ。過去の遺物の暴発事故の例の中でも、上位に入る一大事である。

 あくまで上位でありトップではない辺りに遺物という存在の非常識さが表れているが、それはさておき、組合で保管していた遺物によってこの事態が引き起こされてしまった以上、賠償などで組合の台所事情が火の車になるのも無理のないことだろう。

 幸いにして巨木発生後に速やかに住民の避難が行われたために人的被害は少なかったものの、倒壊した建造物だけでもその数は数えきれないものとなっている他、おそらく地下に張った根によって上下水道なども破壊されているであろうことを考えると、そこから導き出される被害額は言わずもがなだ。


 なお、これだけの事件を過去に一度ならず引き起こしていても遺物管理組合が存続しているのは、組合に蓄積された知識やノウハウの重要さもあるが、それ以上にその役割を担いたいと願う組織がいないためだったりする。

 潰れられると自身にお鉢が回ってきかねない大組織が結託して、貧乏くじの押し付け先兼監督役たる管理組合が無くならないように支援しているのだ。

 誰だって、手に余る危険物を手元に置かざるを得ない事態に陥るのは避けたいものなのである。それが散逸した場合に出る被害の大きさを思えばなおさらだ。


 自分たちが日々を過ごし拠点とする街の存続の危機とあって、探索者たちも深刻な顔をしているものが多く、瓦礫と木片が脇に退けられて山積みになった広場の中、そこかしこで車座になって顔を突き合わせ意見を交わしている姿が見られた。


 その様子を横目に、広場の片隅で瓦礫に腰かけたセドリックも昨日の共同魔術の反動で痛む頭を捻って考え込む。

 彼としても住み慣れたこの街や国が壊滅するなど御免である。

 とはいえ、当然だが良案などそう簡単に思いつくものではない。


(そもそもマトモな案など既に出尽くしているだろうからな)


 奇抜な、あるいは突飛な発想が必要となる。これは難しい、と内心で独り言ち、セドリックは腕組みをして雲を貫く巨木を見上げる。


(普通の木なら、切り倒したり燃やしたりすればいいが、あの木でそれをやると酷いことになりそうだ)


 切り倒された幹は落下した枝の比にならない範囲を蹂躙するだろうし、そもそもあんな大きさの木をどうやって切り倒すのかという問題もある。

 燃やすにも生木は含まれる水分で燃えにくく、火がついても燃え落ちた枝で大火災になりかねない上、灰や煤、煙で更に広い範囲に影響が出るだろう。


「蕾を凍らせれば花が咲くことぐらいは止められるか? だがあの枝の高さまで魔術を届かせるのは……それに、凍らせる必要のある範囲も広すぎる。結局、何をどうするにも巨大さが問題になるか。せめてもっと小さければ……あ」


 自身でつぶやいた言葉に、青年はふと気づき、声を漏らした。


「何か思いつきましたかセドリックさんっ」


 耳聡く聞きつけた顔なじみの組合職員が、いつにない素早さで寄って来たことに少し驚いてのけぞりつつ、セドリックは言葉を続ける。


「思いついたというか、思い出したんだが……先日、ルーカス達と発見した遺物があっただろう」

「あぁ、あの例のガス入りのタンクですね」


 言及したのは、四人組の探索者たちとセドリックが相対したダチョウのような姿の遺物からはぎ取り組合に売却した、若返り効果のあるガス入りの容器についてだった。

 組合への売却の際にやり取りしたのが丁度目の前にいる馴染みの職員だったため、記憶に新しかったのだろう職員の方もすぐに思い当たる。

 職員がややぼかした言い方をしたのは、支部が正常稼働していない状態で警備に難がある中、あまり大々的にそんな高値の付きそうな遺物について知れ渡るのは危険だからである。

 あわせて声を潜め、セドリックは身を乗り出した組合職員に耳打ちする。


「あれを使って木を若返らせられれば、小さくなって処理も容易になるのではないかと思うが、どうだろう」

「! なるほど、一考の価値はありそうですね。ちょっと行ってきますっ」


 自身を含めた五人が緑のガスのせいで小さな子供に戻されてしまった出来事を思い出しながら語るセドリックに、職員は目を輝かせた。

 あのガスがそもそも植物に効果があるのかなど確認すべき点はあるが、もしも可能であれば、巨木対処の最大の問題点となっている『巨大さ』を解決できる。

 魔術師の胸に五枚つづりのチケットを半ば叩きつける勢いで押し付け、職員は天幕の方へと走り去っていった。


 座っていたせいで真正面からの衝撃を逃がし損ねたセドリックは小さく咳き込んでから、手にしたピクルスと引き換えられるチケットをどうしたものかと眉根を寄せる。

 彼は酸っぱいもの全般が苦手だった。

探索者豆知識4:酸っぱいもの

 セドリックは子供の頃にうっかり腐ったものを口にし体調を崩したことがあり、それ以来酸っぱい味の食べ物が苦手である。

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