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あの樹何の樹? 遺物の樹

 五人の探索者たちが街へ戻った翌日。

 大都市アンシェナートルの南方の遺跡群、その東寄りにある草原では、数多くの探索者たちと遺物管理組合の職員たちが、そろって地面にしゃがみ込んでプチプチと小さな草をむしっていた。


 街の方角を見上げれば、雲を突くような、からじわじわと成長を続け頂点が雲を突き抜けつつある巨木の、大きく広がった枝に生い茂った新緑の葉が青空に良く映えている。

 芽生えた直後の急成長――――たった一日で種から雲に届くまで伸びたそれからすれば、随分と今の伸びは緩やかではあるが、樹木の成長ペースとしては十分異常に分類されるものだ。


 木が発生したのは遺物管理組合の遺物収容倉庫からであり、組合支部の建物を含めた周辺一帯の建造物は、事件発生後早々に、一般的な丸太の何倍も太い根に飲み込まれてしまっていた。

 そしてその被害範囲は今もゆっくりと、しかし確実に拡大を続けている。

 その事態を受け、遺物管理組合と行政、遺物研究家たちが下した判断は『早急な巨木の成長の停止』であった。


 巨大すぎる木そのものをどうするかは後で考えるとして、とにかくこのデカブツの成長を止めないことにはマズい。

 採取された木片のサンプルから徹夜で研究が行われ、この異常慣れした街の優秀な研究家や錬金術師たちは一晩で、遺物の巨木を枯らす薬を開発することに成功した。

 あとはその薬を生産し、巨木を枯らしてその伸長を止めれば、ひとまずこれ以上の被害の増加は防げるはずだった。


 が。問題なのはその、薬の『必要量』である。

 なにせ木の大きさが大きさだ。バケツ一杯程度では到底足りるはずもない。


 ゆえに現在、探索者と組合職員たちが総出で薬の材料を集めていた。

 この平原ではフチナシミツバの種子を集めているが、都市内では無事な区画の商店を回って別の材料を買い集めていたり、特定の遺跡の汚染された湧き水をひたすら汲んでは運び出したりとどこもかしこもてんやわんやだ。


 遺跡に潜り、危険な生物や遺物と戦うことも多い探索者たちは鍛えられていて、大半は筋肉質である。

 また、引退した探索者が多く所属している組合職員たちも、現役の探索者ほどではないがやはり筋骨隆々とした者が多い。

 そんなマッシブな彼ら彼女らが背を丸めて平原のそこかしこに散らばり、風になびく草の海に浸かりながら、手のひらほどの大きさしかない草から種の詰まった指先ほどの莢を地道に探しだしてはプチプチ毟って手にした袋に放り込み続けている様は、どこかシュールさを漂わせていた。


 そんな沈黙とむさ苦しさの流れる平原に、紺色のローブを着た細身の青年が一人。

 彼の名はセドリック。

 遺物管理組合、アンシェナートル支部に登録している中堅の探索者で、中肉中背の体に量産品のローブを身に着けた、平凡な顔立ちを覆う黒い目隠しがほぼ唯一の外見的な特徴の魔術師である。

 しかし凡庸なのは外観だけであり、その特性ゆえ前衛に向かない魔術師でありながら、チームを組まず単独での遺跡探索を旨とする変わり者であった。


 昨日のダチョウもどきとの戦闘があった遺跡探索のように、親しい探索者に頼まれて臨時でチームに参加することはあるが、それ以外では基本的に誰ともつるまずに動き回っている彼は、この度の集団植物採集でも一人で黙々と草を摘み続けている。

 その背後へ、足音を殺し静かに近づく影が一つ。


「何か用か、グラント」


 まだかなりの距離が開いているにもかかわらず、振り返りも手を休めもしないまま投げ掛けられた言葉に影は一瞬立ち止まり、それからガシガシと己の赤毛を掻いてから肩をすくめた。


「や、別になにって訳じゃねえんだが……なんか前より鋭くなってないか?」


 大剣を背負ったガタイの良い長身の男は、気づかれない自信があったのか拗ねたようにほんの少しだけ口をとがらせる。

 プチ、と手元の草から種入りの莢を摘み取りながら、セドリックはベルトに固定された一冊の分厚い本に片手で軽く触れた。


「己の命を預けるものだからな。改良を重ねるのは当然だ。グラントも鍛錬は欠かさないだろう?」

「そりゃあな」


 本そのものは、魔術師ならば誰しも一冊は持っているのが当たり前の、ごく普通の魔導書である。

 魔導書とは魔術の使用において補助的な効果を発揮するもので、個々の魔術師が自身の扱う魔術に合わせて必要な内容を書き込んで作りあげるのだ。


 詳しく説明すると長くなってしまうため割愛するが、セドリックは少々邪道ともいえる特異な記述を書に刻むことで、自身の周囲を広い範囲にわたって詳細に感知、認識できるようにしていた。

 彼が目隠しを付けるのは、視覚が魔導書を介して得られる情報の邪魔になるからだ。

 そうして得られる高い探査能力こそが、彼が孤独に遺跡へ挑みながらも今日まで生きながらえてきた理由の一つなのである。


 その精度の高さは、平野に点在する他の探索者たちの平均の、おおよそ3倍の量の種が入った彼の手元の袋が証明してくれるだろう。


 頷いて同意を示したのち、グラントと呼ばれた男はそのまま何をするでもなく、セドリックがフチナシミツバの種を摘んでは移動し、しゃがみ、次の種をまた摘んで、と繰り返しているのを眺めている。

 しばし無言で作業を進めてから、魔術師はぼそりと呟く。


「飽きたのか」

「ぐ。い、いや、ちょっと休憩してるだけだぞ?」

「飽きたんだな」

「…………どーにもこういうチマチマしたのは性に合わなくてなぁ……」


 大剣使いのグラント。上級探索者として相応しい実力を持ち、優れた剣技と類まれな膂力、そして積み重ねた経験により、遺跡内においては非常に頼もしい存在となるこの男の欠点は、細かい作業が苦手なことであった。

 それでも最低限のノルマとされていた分程度はきちんと集めてから休んでいるあたりに、大雑把に見えても根は真面目であることが透けてみてとれる。


 がっくりと肩を落とした赤毛の大男は青年から少し離れたところにしゃがみ込み、意味もなく無関係な細長い雑草を引きちぎっては放り捨てた。


「まあ、集中を切らしたままで無理に続けるくらいなら、一度休息をはさんだ方が効率的かもしれない」

「だよな!」

「だがそれはそれとして、右足のかかとのすぐ後ろに生えているフチナシミツバに莢が二つ付いているから、尻に敷く前に摘んでおいた方がいい」


 我が意を得たり、と顔色を明るくしたグラントの表情が、一瞬で何とも言えないものに変わる。

 そのまま視線を下げていった彼の影の下には、他の草に隠れるように、しかし確かに縁が透けた三枚の葉を茂らせた小さな草が生えていて、かき分ければ二つの熟した莢があった。


「前から薄々思ってたが、お前の探知力は頭おかしい」

「そこまで言われる程ではないと思うが……」


 大剣使いは返事の代わりにため息をついて、太い指でプチリと莢をむしり取った。

探索者豆知識2:フチナシミツバ

 三枚一セットの複葉が特徴の植物。葉の外縁部に色素を有さず透明に透き通っている様から縁無しと付けられた。

 グロブグリン紋の遺跡が付近に存在している土地でよく見られる。

 春に白色の小さな花を咲かせる。花言葉は「あなたは遺物のよう」

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