探索者たちの日常
抜け落ちた天井の穴から燦々と日差しが差し込む廃墟の中を、5人の探索者が歩いていく。
慎重に、しかし気負いすぎることもなく進んでゆくことしばし、微かな異変を感じ取った先頭の男が後方に手で合図を送って立ち止まった。
「静かに。何か音が……」
「前方、十字路の右。数は1、中型、二足歩行で腕は確認できない。妙なガスを撒いているな。追い風で散らすが、なるべく息は止めろ」
警戒を促そうとした男の言葉に被せるように、集団の中程を歩いていた紺色のローブを着た青年が静かに言い切る。
返事を待たずに続けて呪文を唱えだしたその青年は、奇妙なことにその両の目を黒い布で覆っていた。
彼の発言の内容に一人として疑念を呈することなく、各々に手にした武器を構え、前方にある十字路を注視する。
「そは■■を■たすもの、■■■の■■、■より■■へと■りて――――」
魔術を修めた者でなくては理解することのできない、力の込められた言葉が紡がれる静かなリズムに混ざり、奇怪な音が少しずつ大きくなっていく。
乾いた物同士がこすれるような音と、調子の外れた笛のような音。それらを奏でる主が曲がり角からついに姿を表した。
形だけを見るならば、それはダチョウに似ていた。
膨らんだ樽のような大きな胴には後ろ向きに曲がった関節を持つ足が二本と、上へ延びる細長い首があった。
しかしそれは決してダチョウなどではない。前後に二本ずつ枝分かれした足先にあるのは爪ではなく小さな車輪であり、首の先端はラッパのように広がり、首の途中や胴に開いたひび割れからは濃い緑色をした気体が音を立てて漏れ、細く吹き出し続けている。
そして、ただの動物ではない揺ぎ無き証左として、その体は金属で造られていた。
油の切れた車輪がキリキリと擦過音を立てながら回り、五人へとダチョウ似の怪物が向きを変える。
目玉のない頭が彼らへ向けられるのと、目隠しの青年の詠唱が終わるのはほとんど同時だった。
「【ゼフカの溜息】」
轟と怪物へ向けて強風が吹き、ラッパ頭から勢いよく吐き出された大量の緑の煙は、探索者たちに届くことなく怪物の後ろへと流されていく。
そのチャンスを逃さず、剣を手にした男と斧を構えた男が怪物に向けて踊りかかった。
そして――――
「これだからナンクルゲノテック紋の遺跡はよぉ……」
怪物との戦いからしばし。スクラップと化した怪物からやや離れた場所に、五人の『少年』の姿があった。
全員がサイズの合っていないぶかぶかの服や革鎧を身に着けていて、長すぎるベルトがずり落ちないよう片手で押さえながら、剣を腰に下げた少年が顔をしかめてぼやく。
「セドがいて助かったな。大量にガスを吸ってたら、下手すりゃ赤子になってたかもしれん」
「うへぇ、そりゃ勘弁だ」
雑談しながら周囲を警戒している二人の子供は、片方はナイフを、もう片方は斧を持っているが、どちらも柄の太さが手にあっておらず、しっくりこないのか何度も握り直していた。
その傍らでは大きすぎる白い神官の服を着た少年が静かに手を組み、剣を腰に下げた少年を前に目を閉じて信仰する神へ祈りの言葉を捧げている。
祈りが終わると淡い光が剣の少年を包み込み、次の瞬間そこにいたのは筋肉のついた大人の男だった。
肩を回して調子を確かめる男に、紺色のローブの裾を引きずる少年が近づいて声をかける。
「略式の『せいじょう』の祝福で治るのならマシなほうだな。運が良い」
「だな。それに……」
短く同意した男はローブの少年を見下ろし、それから残る三人の小さくなってしまった仲間の方へと視線を向けてから満足げに頷いた。
「若返りの効果がある遺物となりゃ、欲しがる奴も多いだろうよ。高値で売れそうだ」
彼らから少し離れたところには、亀裂や穴を粘土で簡易的に塞いだ、一抱えもある大きさの容器が置かれている。
先ほどの怪物を解体して取り出したもので、五人の探索者たちを子供の姿へと変えてしまった濃緑色のガスがたっぷりと詰まった危険物だ。
しかし同時に、彼らにとっては今日の苦労に報いてくれるお宝でもあった。
「全員治りしだい撤収するぞ。今夜は宴会だ!」
ニヤリと笑みを浮かべた男の言葉に、他の小さな面々は陽気な声で応えた。
探索者とは、古代の遺跡へと潜り、そこに遺された遺産である『遺物』を回収することを生業としている者たちである。
当然それには危険が伴う。遺跡に住み着いた獣に襲われることも多いが、それ以上にやっかいなのは、長い年月にさらされ、説明書などとうに失われてしまった遺物そのものであった。
古代の文明は今と比較し非常に高度なものであったらしい。それゆえ遺物の多くは現代の技術では再現不可能であり、その効能によっては目の飛び出るような高値で取引されることもある。
だが、高度さや高価さは高尚さと比例しない、というのが遺跡に潜る全ての探索者たちの共通した見解だ。
今回現れた、ダチョウ似の怪物の形をした遺物は良い例だろう。
探索者たちに襲いかかってきたことから鑑みれば、あの遺物が侵入者から遺跡を守る役割を担っていたことは分かる。
侵入者を排除するため攻撃してきたことも理解できる。
しかし、何故そのために選ばれた行動が『身体の若返り効果があるガスをまき散らす』なのか。
古代文明の高度な技術力を持ってすれば、侵入者を捕らえるなり殺すなりしてスマートに無力化する手段など五万とあるだろうに、よりによって味方を大いに巻き込みそうなガスの噴射という攻撃方法を選び、なおかつそのガスの効果が若返り。
まったくもって意味不明である。
遺物の大半はこのように不可思議かつ不可解なものであった。
時として多大な恩恵をもたらすこともあるが、それ以上に意義も意図も不明すぎる、理不尽としか言いようのない効果を発揮し大惨事を引き起こしたりするのが遺物という物なのだ。
そう。例えば、遺跡から無事脱出した五人が意気揚々と帰ろうとした街の方角に、彼らが出立した時にはなかったはずの、雲を突くような巨大な木が生えていたりするように。
「あれって、街の中から生えてるよな?」
「そう見えるなぁ」
「うーわー、帰りたくねー……」
口々に文句を垂れ流しながら、探索者たちはその場に座り込む。
しかしそれは、巨木に圧倒されて腰を抜かしたわけでもその威容に絶望したわけでもない。
どうせ街に戻れば、あのバカげた大きさの木をどうにかするためにせわしなく動き回ることになるのだから、今の内に遺跡の探索で溜まった疲労を癒し、それから帰ってがんばろう、という、ただただ合理的な判断ゆえの行動だった。
突如巨大な木が街中にそびえ立つという異常現象に、彼らは動揺するどころか、どこかあきれたような空気すら漂わせてすらいる。
南方に広大な遺跡群を有する、王国でも屈指の大都市アンシェナートル。
遺物都市とも呼称されるその街に根ざす探索者たちにとって、遺物の暴発による突拍子もない大事故は、もはや名物とさえ言えるよくある現象なのであった。
探索者豆知識1:遺跡紋
遺跡の壁面や床には、その遺跡の特色を示す紋様が描かれていることがある。
例として、三本の交差した骨を囲む目玉の輪の下に古代文字でナンクルゲノテックと記された紋様がある場合、その遺跡の内部では生物に対し著しい影響を与える遺物が発見されることが多い。