ソラ人達は最後にメモリーの求めに従い、水の星に還る
家紋武範様主催企画参加作品です。
かつて文明があった。広がる大地。高く連なる山脈、緑と生物が地上で繁栄し暮らしていた。
異常気象、温暖化。或いは星にも寿命があるという、ならば運命。ジワジワと海面が上がり氷が融ける。そして……、
水は全てを呑み込んだ。全ては海の中に沈んだ。僅かに残りし人類は居を宇宙に移した。
遠い遠い昔の事。宇宙でたくましく生きる宙人達。世代が進むに連れ望郷の念は薄くなる。しかし、遺伝子はそれを求めているのか。余命近づくある日、目を閉じれば幻の世界が。
青い空と水が見えるという。それが呼んでいると。それに恋い焦がれ目を閉じ時を終える人々。
宇宙での葬式は簡素。荼毘に伏された後、外へと散骨されて終わる。しかし、いつの頃からか、故人を恋い焦がれた星へ送ろうと動き始める者達が現れた。そして高度なAIを備えた、無人航行船『方舟』が開発製造され、旅する手法の為に加工処理の技術が蘇った。
――「方舟にアクセス」
補給船『白い帽子のコックさん』号は、悔みの時を迎えてる。長らくベッドの上から指示を出していた艦長が、青い水が見えると言葉を遺し、その時を終えたのだ。副艦長である男が涙を堪えつつ、指示を静かに出した。
既に荼毘に伏され姿形を変えた艦長。身体を構築する元素を抽出し、鉱物と掛け合わせ、誕生石のダイヤモンドのひと粒へと代わっている。方舟に乗船する為に必要な加工処理、メモリアルストーン。
在りし日に座っていた席にそれは置かれている。
「アクセス、完了!」
通信士の短な声。続いて流れる『方舟の声』
「ハイ!コチラ方舟。ご乗船でゴザイますか?」
「こちら白い帽子のコックさん。はい、先日艦長が亡くなりました」
「ピー、ピー。ピピ……、白い帽子のコックさんヨリ受信。只今僕は、M−356qqnを航行中デス、もうすぐ小惑星帯に入りマス」
「方舟より受信。了解、彗星がひとつ近づきつつある。充分に気を付けたし」
「白い帽子のコックさんヨリ受信。了解!コードナンバーを送信シテクダサイ、地図に、アクセスポイント迄の道を構築シマス」
通信士は船体ナンバーを送る。
「白い帽子のコックさんヨリ受信。ピピ!登録完了!……、……、……、ピピ!道完成。デワ、ソチラニ送信」
メインモニターに、方舟が創り出した地図がアップされた。ダウンロードを行う通信士。
「方舟より受信。……、……、ダウンロード完了!これよりそちらに向かう」
「白い帽子のコックさんヨリ受信、航海の無事をイノル」
――、フゥ、上手くイッタヨ。僕は方舟。お客様を太陽系にある惑星に運ぶのがお仕事。系外銀河にある有人ステーションカラ僕は出航シタンだ。
仲間もイルヨ、宇宙はヒロイから色んなルートで進むんだ。クルクル、クルクル回ってネ。サァ!小惑星帯を抜けた所で白い帽子のコックさんト、お約束。頑張って行くぞ!
少しスピードを落とそう!障害物だらけだモン。岩石に船の残骸なんてのもアル。コワイコワイ……、ハウゥ!アブナイ!ちょっとかすりそうになった。フォ!デッカイのが!グンって!避けなきゃ!
……、ハァァ、大丈夫カナ、大丈夫!ええ?危険、キケンって!センサーが!高温の障害物がコッチに?ヒャッ!彗星がなんとかって!ど、ドウシヨウドウシヨウ!ウワァァ……。
――、「……、方舟からのアクセス遮断。どうしたんだろ?副艦長!何かにぶつかったのでしょうか、あの小惑星帯は細かいのが多くて厄介な場所ですから」
「先程彗星の光が横切った。巻き込まれたのやも知れない。よし!本艦、白い帽子のコックさんはこれより方舟の救出に向かう!」
ざわつく艦内。そして補給船、白い帽子のコックさん号は大小様々な形が漂う小惑星帯へ突入をした。
――『ガンバってね!君はエンジェルだよ、人々を還る場所に運ぶんだ。困った事があったら直ぐにホームにアクセスするんだ。出来ない時は、泣け!』
……、うーん、巻き込まれて飛ばされタ!。ホームの声ガ……。ピー。ピピピ。ガチャン。ジー……、はう?ガチャン?ナニ!ガチャンってオト!コワレタ?……、ジー。ピピ!ガーガー……、修復できないヨ!ココドコ?場所がワカラナイ……、ホームに連絡……、ナンにも通じナイヨ!。
「ウワァァァァン!」
泣け!と教えテもラッタから泣いた ヨ!銀色の丸い僕から、光が出てる!誰かキガツイテヨ!タスケテー!僕の中にはお客様がいらっしゃるンダ!惑星迄イカナイトいけないノニ!
――「救難信号が出てたから、発見出来て良かったのだが……。けっこうぼったくるんだな……、修理してやったのだから割引は無いのか」
大きめな小惑星のひとつに不時着をしていた方舟。無事に白い帽子のコックさん号に発見され回収された。
「ナイデス!ありがとうゴザイました。治りマシタ!修理費用はホームに請求シテクダサイ!割引ナラ、団体割引ガありまス!」
副艦長とやり取りをする方舟。いや、修理費用は別に要らないが……、そうか、団体割引……。艦内放送を流した。
方舟に乗せたい『メモリアルストーン』を所持している乗組員は、艦長室まで来るように、と。ひとりふたりと大切なそれを握りしめ、名乗り出た。
――「聞いたことがあるんです。そこは母なる海の世界だと。幻の様に儚く、夢の様に美しい世界だって。加工処理迄は出来たのですが、金が足りなくて、乗船資金が貯まるまで、手元に置いてるんで……、このままだと俺が死んだら、手荷物と共に、焼却。そして……宇宙へ廃棄になっちまうかも知れない」
――、ダイヤモンド、エメラルド、サファイア、トパーズ……、幾つかのストーンが集まった。代金を一括で支払った副艦長。込み上げる涙を抑えるために茶化す。
「給料から天引きな」
それは酷い!せめて分割で。とこちらも半泣きで応じる乗組員達。ピカピカに磨き上げた方舟を整列し見送る。
「デワ、修理アリガトウゴザイましタ!コレで無事に向かうことがデキマス!」
挨拶の後、ハッチからクルリンと回りながら出航をした方舟。機質だが心ある存在に、万感の想いを込め、敬礼をし別れを告げた人々。
太陽系に存在している青い惑星『U+1F728 6.0』に向かう方舟。
定期交信の折りには航海の様子が、乗客を託した客の元に送られてくる。これは最後に送信するビジョンの予行演習。
頑張れ!とエールを送る人々。
了解デスと応じる、方舟の声。
磁場嵐に見舞われガガガ……、と揺れる画像に人々は胸を痛める。太陽系に入れば今尚、回収処理が間に合っていない、過去の時代の宇宙ゴミが、銀色の球形をした小さな方舟の進路を妨害する。
大丈夫か!と人々は話しかける。
大丈夫!デス!と健気な方舟の声。
そして辿り着いた青い惑星。水の星。大気圏に入り、落ちていく落ちていく落ちていく……。
灼熱の色した風に覆われる方舟。自動冷却装置をフルに動かす方舟。
もう少し、もう少し。ガンバレ!僕!通信を外部と取れないここを通りすぎれば……。
もう少し!もう少し!頑張れ!方舟!頑張るんだ!
人々はザーザーと音するモニターの前で、エールを送りつつ立ち尽くしている。大気圏突入前に送られた青い星の姿が瞼に焼き付いている。そして……。
「やったぁぁぁ!ついたぞ」
画面いっぱいに広がる透き通ったようなブルー。青、蒼碧……。歓声を上げる、各モニター前の宙人達。
方舟のカメラの前に広がる、青い蒼い碧い色した世界。
最後の交信準備に入る方舟。自身の時が終わるとわかっていた。ハッチを開ける。中に収められていた乗客を降ろす為に。
ダイヤモンド、真珠、エメラルド、トパーズ、ルビー……、様々なメモリアムストーンが、重力に導かれキララと流れ星の様に降り注ぐ。
人々に送られる最後の映像。
幻の様に儚く、夢の様に美しい光景。
「艦長に!敬礼!」
補給船、白い帽子のコックさん号のメインモニターの前で乗員が別れを惜しむ。託した者達は送られる映像の前で、最後の別れをする。
ある者は手を組み祈り、ある者達は敬礼をし立ち会う。
そして……、ザン!っとシャットダウンされた世界。ザーザーと砂嵐の前で誰も動かない。方舟の役目が終えたのだ。
ありがとうありがとう。ご苦労様。ありがとう……。
無機質だが心あるそれに宙人達は涙を拭う事も無く、幻の様に儚く夢の様に美しい世界を思い浮かべ、心からの感謝を述べた。
終。