守りたいもの(前)
ティムがドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がした。
ブランドン領にある領主の館。領主の娘であるステファニーが療養という名目で王都を離れ、この館に住むようになって半年以上が経つ。
ステファニーの専属従僕であるティムも、この地に一緒にやってきた。王都より寒い冬が過ぎ、やっと春の気配を感じるようになった。
「ねえ、ティム。もう雪も降らなくなってきたし、そろそろ『魔の森』へ行けるんじゃない? 明日あたり、どう?」
ステファニーは窓に額をつけ遠くを眺めていた。そのまま振り返らずに、部屋に入ってきたティムに聞く。
「お嬢様。さすがに明日は無理ですよ。もう雪は減ってきましたが、『魔の森』の入り口にある『森の砦』は、冬の間は締め切っていましたから、色々と準備が必要ですよ。」
ティムの説明を聞いて、ステファニーはため息をついた。
そんなステファニーを見て、ティムはニコリと微笑む。
「それよりも、お嬢様。王都からお手紙が届きましたよ。」
ステファニーは数通の手紙を受け取った。3通目の差出人を確認した時、ステファニーは顔いっぱいの笑顔になった。
「キャシーからよ! 久しぶりだわ! 何が書いてあるのかしら、、、」
ステファニーは手紙を読み始めた。
ティムは、そんなステファニーを静かに見つめる。
この地に来てから、お嬢様はいつでも『生きて』いる。ティムはそれがとても嬉しい。
かつて王都にいた時、たまに空を見上げてせつなそうに息を吐いていた。その時の目は何も見ていないようで、まるで今にも消えてしまいそうで、ティムをとても不安にさせた。
今のお嬢様は、いつでも生き生きとしている。
お嬢様の専属従僕として、自分は、この『生きたお嬢様』をお守りせねばならない。
「ティム、ティム! キャシーが婚約したって!」
ステファニーの驚きの声に、ティムは思考の世界から、現実へと引き戻された。




