魔の森
ブランドン邸の書庫で、ステファニーは探し物をしていた。不意に扉がノックされ、従僕のティムが顔を覗かせた。
「お嬢さま、こちらにいらっしゃいましたか。お部屋にいらっしゃらなかったので、庭に出られたのかと思いました。そろそろお食事のお時間ですよ。」
「いくら私でも雨の中は外に出ないわ。それよりも、地図を見なかった?」
ステファニーはティムに顔を向けると拗ねたような口調で言った。
「地図? 何の地図です?」
「『魔の森』が載っているものよ。前に見た時は、ここら辺の棚に置いてあったのだけど。」
「ブランドン領の地図なら、昨日、旦那さまがお使いでしたよ。」
ティムの返答に、ステファニーは仕方がないという感じで肩を竦めた。
ステファニーとティムは並んで食堂に向かった。伯爵令嬢であるステファニーと使用人のティムが並んで歩くのは本来ならあり得ないことだが、ブランドン家の中ではよく見られる光景だ。ステファニーにとってティムは、一緒にあちこち駆け回って服を汚す、友達というか共犯者のようなものだ。
「なんで地図が必要なんです?」歩きながら、ティムが質問する。
「雨ばかりでずっと部屋に閉じこもっていたから、想像に浸りたいなって思ったのよ。」
「お嬢さまなら地図がなくても、十分想像できると思いますよ。」
「森の入り口にある『森の砦』と、森を入ってすぐの『森番の小屋』はわかるけど、森の中が難しいのよね。」ステファニーは小さなため息をついた。
『魔の森』はブランドン領の北西部にある。森の入り口には昔から砦があるが、なんのために作られたものか分かっていない。森を監視するには良い場所だが、森から獣や賊が出てきたことなど一度もない。
また、魔の森は『迷いの森』とも呼ばれ、森番の小屋より奥に入った人はいない。小屋を背にして歩いていても、いつのまにか小屋に戻ってきてしまうのだ。伝承では、森に住む精霊に認められた者のみが森の中に入れると言われる。
全てが霧の中に包まれているかのような魔の森。
ステファニーは領地に戻るたびに訪れている。幼い頃は長兄も次兄も一緒に行っていたが、成人した2人は忙しいのか、ここ数年は一緒に行っていない。すぐ上のエドワードは一緒に行ってくれるが、彼も来年は成人を迎えるので来年からはどうなるかわからない。さすがにティムと2人では無理だ。結婚前の男女が、しかも王子の婚約者が使用人とはいえ男性と2人でなんて、どう考えても父から許可が下りないだろう。
もしかしたら今年が最後かもしれないと思うと、ステファニーは寂しい気持ちになるのだった。




