婚約の理由
ダイアナのスケジュールに、新たな予定が加わった。1つ目は、週に2回、火曜と木曜の午後に王城でお妃教育を受けること。2つ目は、木曜のお妃教育の後にギルバート王子とのお茶をすること。
初めて会ったギルバート王子は、黒い髪と黒い瞳の整った顔立ちだった。近衛騎士の訓練に頻繁に交ざっているそうで、がっしりした体つきで野性的な鋭さを持っていた。
最初は登城するだけで緊張していたダイアナだったが、何度か通ううちに、だいぶ慣れてきた。
そんなある日のお茶会で、ダイアナはギルバート王子に疑問をぶつけた。
「ギルバート殿下、お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだい? なんでも聞いてかまわないよ。」
「私を婚約者にお選びになったのは殿下だとうかがったのですが、何か理由が?」
ギルバートは意外な質問だったのか、目を大きく開いた。その後、遠くを見るような感じでゆっくりと話し始めた。
「ああ。。。今年の夏至市で、侯爵と歩いている君を見たんだよ。俺は王子だと隠して目立たないようにしていたから、君たちは気がつかなかっただろうけどね。風になびく君の白銀の、髪と、恥ずかしそうに笑う横顔がとても印象に残って、城に戻ってからも何度も思い出したりして、、、」
そこでギルバートは目線をダイアナに向けると、苦笑して言った。
「あえて話すのは恥ずかしいものだな。」
ダイアナは、今年の夏至市の事を思い出してみた。
リエヴォード王国の各都市では毎月市が立つが、王都で年に2回行われる夏至市と冬至市は別格だ。隣国はもちろん遠い国からも商人が来て、1週間ほどお祭り状態である。「市」と呼ばれるように庶民が対象だが、貴族も身分を隠して買い物するのが常である。
ダイアナも、裕福な商家の格好をし、キャサリンと共に父の侯爵に連れられて、遠い国の珍しい果物や隣国で流行っているお菓子などの出店を見て回った。まさかその時に自分が王子に見られていたなんて、今更だが恥ずかしくなる。
頬を赤らめたダイアナを見て、ギルバートはあの日のことを思い出していた。
あの日、ギルバートは夏至市をお忍びで訪れていた。
王族として王都の賑わいを知る必要があるという名目と、たまに少しくらい羽を伸ばして遊びたいという本音を理由として。数名の護衛のみを連れて大通りを歩くことは、ギルバートの心をとても躍らせた。
ウキウキした気分で歩いていた時、ギルバートは突然、月の光のような白銀をまとう少女に目が釘付けになった。ギルバートが少女から目が離せないでいることに気がついた護衛の1人が、少女の側にいる父親らしき男がアスター侯爵だと教えてくれた。
ギルバートは、自分の黒髪が嫌いだった。
父と兄の髪は日の光のようにきらめく金色である。その色は王家の旗に描かれている金獅子を思い起こさせる色で、まさに国王に相応しい色だとギルバートには思われた。弟は金髪ではないが、母親そっくりの燃えるような赤髪だ。
家族の中で自分だけが闇を思わせる黒髪で、そのことはいつでもギルバートの心の澱であった。
そんな時に見つけた月の光。ギルバートが手に入れたいと思うのは当然であった。
調べてみれば、彼女はやはりアスター侯爵家の令嬢で、品行は正しく、王子の婚約者として申し分がなかった。
それらを確認したギルバートは、すぐさま、父である国王へ婚約についての相談を願い出た。