正しい行動
「婚約を解消? それは、、、」ギルバート王子が言い澱んでいるのを、ダイアナはすぐに否定した。
「殿下に愛想を尽かしたというのではありません。ただ、自分では殿下をお支えできないことに、気がついたのです。」
ギルバート王子は無言のまま、ダイアナを見つめている。
「私は殿下との婚約が決まってから、『王子の婚約者として正しい行動』を心がけてきました。ですから王子妃となったとしてもギルバート第二王子をお支えできると自負しております。でも、それだけなのです。ギルバート・リエヴォードを支える事ができないのです。」ダイアナはギルバート王子を見てキッパリと告げた。
「それは、どういうことだい?」ギルバート王子が、感情を押し殺した無機質な声で尋ねる。
ダイアナは、一言一言ゆっくりと、言いたい事がきちんと伝わるように話した。
「政は綺麗事だけですまないでしょう。今回のジェシカさんの場合もそうです。男爵の罪を捏造し、ジェシカさんの名誉は回復されないまま、という決着をつける事にした。妥当な判断だと私は思います。殿下はいかが思われますか?」
「私も適切な処置だと思うよ。」ギルバート王子が答える。
「ええ。でもそれは、王子という公人としての判断ですよね。1人のギルバート・リエヴォードとしては、ジェシカさんが不憫なままなのを是と思えますか? 先ほども『泥を被ったままを、どうもできない』とおっしゃいました。」
「確かに、個人的にはジェシカ嬢は可哀想だと思うし、なんとかしてあげたい気もする。」ギルバート王子は渋い顔をしたまま、ダイアナの意見にうなずいた。
「ジェシカさんを哀れに思うギルバート様に対して、私は何と声をかけたらいいか、わからないのです。というか、お声をかける事そのものに気がつかないのです。」
今まで知らなかったが、ダイアナは「正しい事かどうか」を基準に行動している。侯爵令嬢として、姉として、王子の婚約者として、正しいか。でもそれは、相手があっての受け身の判断でしかない。
妹にバタークッキーを買ったのだって、その前に「機会があったら買って来て」とねだられたからだ。エドワード様にインクを買ったキャシーのように、相手のためにと自らが動くことは出来ない。
「王子妃となって殿下のご公務をお支えできても、妻として夫であるギルバート様の支え方がわからない。それでは妻失格です。そして正直に申しますと、私には、殿下との夫婦としての将来が見えないのです。」
殿下は、私に何かをして欲しいとか愚痴を言ったりとか、弱みを見せた事がなかった。きっと殿下も無意識に『王子として正しい行動』をとっていたではないか?
お互いに、正しくあろうとする2人。似たもの同士なのかもしれないけど、2人の心はきっと寄り添えない。最初は小さなヒビのように、気にもならない小さな違和感。しかし年月が経てば、大きな溝に成長して修復不可能なものになる、ダイアナにはそんな予感がした。




