突然の婚約
ダイアナは今年の冬に14歳になる。読書や刺繍など室内で過ごすことが好きなため、肌は透き通るように白い。母親譲りの白銀の髪に、父親譲りの菫色の瞳。体の線も細く、感情を表に出すことも少ない。そのため、深窓の令嬢という言葉はダイアナのためにある、と言われることもある。
ある日、アスター侯爵は帰宅すると、ダイアナを執務室に来るようにと侍女に伝えた。
侍女から伝言を聞いたダイアナは、何事かと訝しんだ。侯爵は大抵の用事は食事中や食後の居間で家族に伝える。わざわざ執務室に呼ぶことはしない。
ダイアナが執務室のドアをノックすると、中から侯爵の「お入り」という返事があった。部屋の中には父だけでなく母もいたので、ダイアナは驚いた。
「実はね、ディー。今日、陛下からギルバート殿下との婚約の打診があった。殿下がお前との婚約をお望みだそうだ。受けるかどうか、お前はどうしたい?」
父の話は、ダイアナにとって思いもよらない事だった。
ダイアナが自国の王室について知っていることは少ない。
ギルバート殿下はリエヴォード王国の第二王子で、ダイアナと同い年で今年の夏に14歳なった。
8歳上の第一王子のアレクサンダー殿下、1歳下には第三王子のフレデリック殿下の3人兄弟。
アレクサンダー殿下は3年前に隣国の王女と婚姻、昨年には王子が誕生した。
ダイアナが王子について知っている情報は、この程度だ。その少ない情報で、婚約をどうしたいかと聞かれても困る。
しかし、これは王様からの申込みだ。父は「打診」と言ったから正式な物ではないかもしれないが、一家臣である侯爵家が断ることは難しいのではないか。貴族の娘であれば政略結婚は当然のことだとわかっている。それなら、答えは決まっている。
「お父様が反対なさらないなら、私も反対する理由はございません。」
ダイアナは静かに答えた。
娘の返答を聞き、侯爵は静かに微笑むと、ゆっくりと話した。
「そうか、わかった。婚約をお受けすることにしよう。お前は、貴族の娘として申し分ない。きっと殿下をお支えすることができるだろう。」
それから2週間後、王家から正式な婚約の申し込みがあった。
国王と侯爵がサインをし、ダイアナはギルバート王子の婚約者になった。
その次の日、妹のキャサリンは朝早くにダイアナの部屋を訪ねると、口早に質問してきた。
「お姉様! 婚約したって本当なの?」
普段はのんびりした口調で話すので、こんな風に興奮した様子は珍しい。
「ええ、本当よ。」
ダイアナはキャサリンを落ち着かせるように、静かに答えた。
「いつの間に殿下とお会いしたの?私、全く知らなかったわ。」
さっきよりはゆっくりになったが、まだ普段のキャサリンに比べたら早口だ。
「お会いしたことはないわ。でも、貴族なら政略結婚も当たり前。親同士の話し合いで決まることもよくある事。そうでしょ?」ダイアナは一言ずつゆっくりと言う。
「でも、王族の一員となるのよね。それでいいの?」やっと普段通りのおっとりした口調でキャサリンが聞いてきた。
「いいかどうかは、私が決める事じゃないわ。仕方のない事よ。」
ダイアナは窓から空を見上げると、まるで自分を納得させるかのように言った。