ダイアナの思い
ジェシカと別れた後、ダイアナはずっと考え事をしていた。
帰りの馬車の中でも夕食時でも、ジェシカから相談されたことをずっと考えていた。
婚約をしていない男女が2人きりになった事は、男性にとっては全くダメージがない。男性の中には、結婚前に色鮮やかな交際を繰り広げる者もいる。それでも結婚に影響はない。
しかし、女性には大スキャンダルだ。ふしだらな令嬢とレッテルを貼られ、まともな結婚は望めなくなる。醜聞の相手が責任を取って結婚してくれれば良いが、そうでないなら、一生独身で過ごすか、金持ち貴族の後妻に入るかになる。
ギルバート殿下は王子という身分があるため、男爵令嬢のジェシカとの結婚は有り得ない。ならジェシカは日陰者として生きるしかない。閉じ込めが不運な事故だと思っているギルバート殿下は、ジェシカの境遇に責任を感じるだろう。そうなれば、ジェシカの父バーグマン男爵の思惑通りに、ほとぼりが覚めた頃、例えば数年後になんらかの取り引きが行われるかもしれない。
昼に話したジェシカは、自分の結婚について憂えてはいなかった。殿下を騙すのが辛いと言っていた。ダイアナにはそれが不思議だった。ジェシカがギルバート殿下を見つめる瞳には、恋慕の想いが溢れているように見えた。一途で真っ直ぐな恋する心が眩しく、正直に言うと羨ましかった。
そろそろ就寝時間という頃、ダイアナは父の書斎を訪ねた。
ダイアナが部屋に入ると、公爵は書物机に座ったまま、柔らかな口調で言った。「その顔は頼み事かい?」
「はい。お父様にお願いがあります。バーグマン男爵令嬢の力になりたいのです。」
ダイアナがきっぱり言った。
侯爵には思いもよらないことだったのか、目を丸くし、ダイアナに尋ねた。
「バーグマン男爵令嬢というと、いま噂のジェシカ嬢だね。なぜ、彼女を助けたいと思うんだい?」
ダイアナは、ジェシカから受けた相談について、全て話した。
侯爵は途中に口を挟まず最後まで聞くと、「なるほどね。。。」と呟いた。
「殿下が閉じ込められた事については、こちらでも調べたよ。あのドアノブは普段から調子が悪くて、回らないことがたまにあるらしい。あの時は皆んなが殿下を探す事に気を取られて、ドアに鍵がかけられていたのか、それとも単なるノブの不具合か、誰も確認しなかったそうだ。今からでは事件か事故かわからず、とりあえず事故として処理する事になったんだ。」
「でも、ジェシカ嬢の話が本当なら、これは事件だ。しかも、王子への罪だからかなり重い。ジェシカ嬢が証言してくれるなら、男爵の家族に対しては考慮できるかもしれない。明日、国王陛下に奏上してみよう。」
父が陛下に取りなしてくれると聞いて、ダイアナはほっと安心した。肩の荷が下りた思いだ。
「お父様、ありがとうございます。」そう言って退室しようとしているダイアナを、侯爵は呼び止めた。
「ディーは、どう思っているんだい?」
「・・・どう、とは?」父の言うことがわからない。
「ディーの相談はいつも周りの人のことばかりだね。ディー本人は何を望むの?」
「私の望み・・・」
「そうだよ。ジェシカ嬢は、『殿下を裏切りたくない』が彼女の個人としての思いだろ? 王子の婚約者とか、侯爵家の娘とか、そういったものを全て取り払ったときの、ディー個人の思いはなんだい?」侯爵が、ゆっくりと噛み砕くようにして、言う。
「一度、自分の心を見つめてごらん。本当の気持ちをしっかりと探して、そして、自分の進む道を自分で選びなさい。どんな選択をしても、父は応援するよ。」




