村人、ギルドマスターから依頼を受ける
冒険者ギルド辺境都市エルドラ支部の二階奥。
そこにあるのが、ギルドの中でもごく一部の者しか立ち入ることを許されない各ギルド支部の責任者、ギルドマスターが在中し仕事をする部屋、『執務室』である。
本来であればその扉の前に行けるのはギルドマスターもしくはその秘書、それかギルドマスターから呼ばれた受付嬢か冒険者という限られたものしか行けず、それ以外が近づこうとすれば何故かいつのまにかギルドの出口の前に立っているという不思議現象が起こる冒険者ならば知る人は知るミステリーゾーンでもある。
そして
そんなギルドマスターのいる執務室の扉の前にガロン達は立っていた。
「ギルドマスターは一体なんの用事で俺たちを呼んだんでしょうねルーさん?」
そう言いながらガロンは、自身の体より巨大な執務室の扉の前で特に隣に立つルールリアに話しかける。
しかしルールリアはそんなガロンの方を振り向かず、緊張した顔でドアを見上げていた。
「ルーさん?」
返事がないルールリアの顔を覗き込むように頭だけ動かして見てみると
「どうしようどうしよう!!あの生きた伝説のギルドマスターに呼び出されちゃった!!怖いけどそれ以上に楽しみが大きい!!」
口元に両手を当てながら嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回しながらぶつぶつとそう言うルールリアにガロンは少し呆れた表情になると
「だめだこりゃ・・違う場所に行っちゃってるよ。・・・・・仕方ない」
そういうや否やガロンは扉の前に足を進めると
‘コンコン!!’
「失礼します!!」
扉を叩き威勢よく、かつ行儀良く挨拶をしながら扉を開き執務室の中へと入っていった。
「・・・ハッ?!ガ、ガロンくん待ってー!!」
ガロンが執務室の中に入るのを少し遅れて気づいたルールリアはハッとなり、そう言いながら急いでガロンの背中を追っていく。
そしてルールリアが入るのと同時に執務室ドアの裏にいた人物によってドアがゆっくりと閉まっていった。
「ありがとうティロス。そしていらっしゃい二人とも」
ギルドマスター専用の質素ながらもどこか気品のある机と椅子に座りながらリリスアーナがそう言うと執務室のドアを閉めた人物、スーツをビシッと着こなし眼鏡をかけた長髪と山羊の角を生やした女性が無言で静かに頭を下げた。ティロスト呼ばれた彼女はそのままカツカツと足音を鳴らしながら定位置のようにリリスアーナの座る机の横に立つ。
「ごめんなさいね。彼女ちょっとだけ人見知りなのよ。」
そう言いながらリリスアーナが隣に立つティロスをそう紹介すると彼女はガロン達に向かって軽くお辞儀をした。ガロン達もそれに釣られお辞儀をすると今度はリリスアーナが話し始めた。
「ふふ、どうやら大丈夫そうね」
そう言うや否やリリスアーナは座っている椅子を半回転させ、その場で足を組み上半身だけをこちらに向けて話し始めた。
「あなた達二人に来てもらったのは他でもなく聞きたいことがあったからよ」
「聞きたいこと・・ですか?」
ガロンがそう言ってリリスアーナの質問を反芻するように呟くと、リリスアーナはまた体位を変え今度は執務室の机に肘を立て両手を握りにっこりと笑い
「ええそうよ。実はここ数日、アルモニア樹海で前例のないモンスターがちらほらと出現しているのを知っている?
幸いほとんどは比較的弱い個体ばかりだったのだけど、つい先日あるパーティーが死体となった『アリゲータードラゴン』を発見したのよ」
リリスアーナがそういうとガロンの隣にいたルールリアが驚きの声を上げた。
「『アリゲータードラゴン』って巨大な川辺に潜む上位モンスターじゃないですか!!アルモニア樹海には居ないはずですよ!!」
そう言って驚愕の表情をするルールリア。そんなルールリアをガロンは後ろから宥めていると目の前で座るリリスアーナが口を開く。
「ええ、そうよ。だけどこれだけならまだよかったんだけれどね。その死体、まるで一方的にやられたみたいにボロボロだったのよ。『アリゲータードラゴン』の皮は下手な金属よりも硬くて丈夫。たとへ上位冒険者の大剣の一撃でもかすり傷も負わないし、打ち所が悪ければ武器の方が折れるくらい頑丈なその体がまるで紙のようにズタズタだったのよ。」
そこまで言うとリリスアーナは笑顔から真剣な表情になる。
するとガロンは謎の緊張感包まれその背中から一筋の汗を流し始めた。真剣な表情をするリリスアーナ、いや、ギルドマスターの貫禄を十分に発揮させた彼女は先ほどの妖艶な口調から鋭い口調へと変わり口を開いた。
「本来なら私自ら樹海の調査に乗り出してそれをやった存在について調べるんだけど生憎現在私はここも合わせて複数のギルドを兼任するギルドマスターの身、迂闊に調査に出ればギルドの運営自体難しくなるわ。かと言って上位冒険者や最上位冒険者に頼もうにも上位冒険者じゃおそらくこの依頼は実力不足、最上位冒険者は基本自由だから連絡のしようがない。
だけどこんな中、打つ手なしと思われていた状況の中あなた達がいた」
そう言うや否やリリスアーナはガロン達をジッと見つめるが、ガロン達は何がなんのことやらさっぱりわからず頭にハテナを浮かべる。
「えーっと・・・それと俺たちになんの関係がギルドマスター?」
ガロンがおずおずと手を上げながらリリスアーナに向かってそう言うと、リリスアーナはにっこりと笑い自分の人差し指で自身の目を指差すと
「実は私ね、とても目がいいの。人のオーラとかその場に残っている痕跡なんかをなんとなく色でで見ることができるのよ。それでね、ギルドのホールから『アリゲータードラゴン』をズタズタに切り裂いたと思われる存在の痕跡と似たような色が薄らと見えたからあなたたちを呼んだの。それで本題なんだけれど。あなた達、今日、樹海で何かおかしなものを見なかった?」
そう言われ、ガロンとルールリアはお互いの顔を見合わせると
「ルーさんそれって・・」
「うん、ガロンくんそれってやっぱり・・・」
「「あれのことだよね?」」
「あれ?」
ハモりながらそう言う二人にリリスアーナは頭にハテナを浮かべるが、ガロン達の白い『ケルベロス』の『希少種』の報告を聞くと顎に手を当て何か考えるように椅子から立ち上がりガロン達の前までくるとその腰を机の上に乗せ呟く
「白いケルベロスの希少種、それに三匹の子供・・・一匹ならまだしも三匹とは、これは厄介ね」
リリスアーナのなんの気無しの呟きに、ルールリアが耳をピクピクしながら反応するとそっとガロンに耳打ちするように喋る。
「なんで一匹ならまだしも三匹だと厄介なんだろう?」
純粋に不思議がっているルールリアにガロンは上体を少し斜めにしてルールリアの耳に向かって小声で答えた。
「ケルベロスは通常一匹だけ出産することが多いんですが、稀に三匹産む個体もいるんですよ。それで、一匹だけなら親のケルベロスはその一匹だけを連れて別の場所に移動したりするんですけど三匹とかだと三つの頭それぞれが各一匹づつ担当のように世話をするのであまり世話をする場所を変えたくないために外敵に対して普段の何倍も凶暴になるんですよ。しかも希少種だとそれが何十倍にもなって下手に刺激するとこの街ごと敵だと思って跡形もなく吹っ飛ばす可能性があるので厄介なんですよ。分かりましたか?」
「う、うん。分かった」
そう言って怯えた表情でガロンのマントを握るルールリア。街が跡形もなく吹っ飛ぶ想像をしたのか耳と尻尾がペタンと垂れ元気がなくなっていた。
そんなルールリアを横目に見ていると、先程から考え事をしていたリリスアーナが顔を上げ
「突然ですまないのだけれども、ガロンくんルールリアちゃん君たち二人にある依頼を出そうと思うんだけれど受けてくれないかい?」
そう言うリリスアーナにガロンとルールリアはは嫌な予感がしつつも聞く。そしてリリスアーナはそんな二人にお構いなしに依頼内容を説明し始めた
「依頼内容は『ケルベロス希少種達の観察と報告』よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「いや、ギルドマスター申し訳ありませんがその依頼はおこと」
「ちなみに報酬は最低大金貨一人十枚の大奮発でどうかしら?」
「「是非やらせていただきます!!」」
大金貨十枚という大金見せられた二人はハモりながらそう即答する。そんな二人にリリスアーナはさっきと同じ妖艶な笑みを見せて隣にいたティロスに目配せをする。
ティロスはそんなリリスアーナに小さくため息を吐くと手に持ったボードに何かを書きそれをリリスアーナに手渡した。
「それじゃあ、二人ともお願いね♪」
そう言ってリリスアーナはボードに貼ってある紙、さっきの一瞬で作った『ケルベロス希少種達の観察と報告』の依頼書にガロンとルールリアの名前を書いて半を押していた。




