村人、晩飯を食う
‘パチ! パチ! パチ!’
木が燃え弾ける音に気づきコボルトの女性が静かに目を開ける。
「こ・・こは・・?」
最初に目に飛び込んできたのは雲一つない満点の星空、そしてその鼻は何か美味しそうな匂いを感じコボルトの女性に伝えていた。
匂いのする方に目を向ければそこには焚火の上で鍋を置き何かをかき混ぜている黒いマントを羽織った人物がいた。美味しそうな匂いはその人物がかき混ぜている鍋の中からしていた。
「ん? ああ・・気づきましたか」
鍋をかき混ぜている人物がコボルトの女性が起きたことに気づいたのかそう言いながら鍋をかき混ぜる手を止めた。
「ここは一体・・・はっ!そうだ!あいつは・・っつう?!!」
コボルトの女性は気絶する前の出来事を整理し、自身が気絶した理由である巨大な『何か』(レーザーサウロス)のことを思い出し飛び起きた・・・が、その瞬間全身に広がる痛みに悶絶し止まる。そんなコボルトの女性に黒マントの人物、ガロンは忠告する。
「おっと、無理しないでください。骨が折れてるんですから。」
そう言われてコボルトの女性は自身の体を見ると全身至る所に添え木と包帯が巻かれておりまさしく痛々しい病人状態なのが見て取れた。
「重症打撲八箇所、重症骨折六箇所、その他いろいろ合わせて八十八箇所の怪我に加え一瞬死にかけてたんですから気をつけてくだいよ。」
「・・・・・・よく、生きてたな私」
(実際一回死んでましたけどね)
そうこのコボルトの女性、レーザーサウロスを倒したあの後、ほっとくのは流石にまずいと思い迎えにいってみたら息をしておらずガロンは急いで心肺蘇生やら色々なことをして何やかんやのすえなんとか蘇生に成功したのだが、まだ重傷患者のためにガロンは黙っていることにした。
そんなガロンを他所にコボルトの女性は痛みが落ち着いたのか、ガロンに質問をしてきた
「ところであなたは一体だれなんですか?というか・・・・なんで仮面をつけてるんですか?」
コボルトの女性が言った通り、ガロンは狩が終わった後もこの仮面をかぶっていた。
あまり触れていなかったがこの仮面は言わずもだがバレルのお手製であり強く勇ましい顔にしてと言うガロンの要望に答え、狼のような獣と鬼を融合させたようなデザインになっており、ガロンとその家族からは『獣鬼の面』と呼ばれていた。そしてこれがきっかけでガロンの家族内では何故かガロンと同じように一人一つづつ自分のお面を持っているのだがそれは置いておこう。
話を戻し何故、ガロンがお面を被っているかと言うとそれは単に恥ずかしいだけであった。別にガロンは人見知りというわけではないのだがこのコボルトの女性に限っては別だと言っていい。
その理由は
(「治療と包帯巻く際裸見ちゃってるから顔を見ると思い出して赤くなってしまうから仮面かぶっている」なんて絶対言えない!!)
ガロンも立派な男である。年頃の女性の裸を見てそれを忘れるなど長年かけてこびりついた鍋の焦げを洗い流すよりも不可能であった。
しかしコボルトの女性を助けるためには全身に治療やら包帯やらを巻くためにどうしても服が邪魔なので取らなければならない。しかしガロンは意識のない女性にしていいのか十分に悩み何度も自問自答で相談した結果、『見殺しにするくらいなら・・』と服を脱がしてなるべく見ないようにしながら治療をしたのであった。
だが裸を見てしまったのは言い逃れのできない事実、しかし正直に言うにはガロンにはそれほどの勇気がなく、結果
「俺の名はガロン。仮面は・・・諸事情で被っているだけだ。だから気にしないで欲しい。」
そう言って明後日の方向を向きはぐらかすことにした
「? そうですか・・」
疑問を持ちながらも納得してくれたコボルトの女性に今度はガロンが尋ねる
「質問を返すようで失礼なんですが・・あなたは一体何者ですか?」
「私ですか? 私はこの近くの都市、辺境都市『エルドラ』の冒険者で『ルールリア』と言います。」
「『ルールリア』さんですか?」
「はい!」
『ルールリア』と名乗るコボルトの女性にガロンは仮面越しながらも確認するようにもう一度名を呼ぶと彼女は嬉しそうに尻尾を振って返事をする。その姿はどこか犬のようで、ガロンはそんな彼女に「(コボルトって犬と近いって本当なんだ・・)」っとちょっと失礼なことを思いながらお椀を差し出した。
「それじゃあルーさん、今鍋しかないんですが食えますか?」
「『ルーさん』って・・私のことですか?」
「? 『ルールウラ』だからルーさん、嫌でしたか?」
「い、いえ! 全然!! なんだかあだ名なんて新鮮だったので・・あ、あとお鍋いただきます」
そう言って差し出されたお椀をルールリアは両手で受け取り目の前まで持っていく。
お椀からは白い湯気が立ち昇り具材は山菜と肉、そして食欲を刺激するいい匂いのする出し汁と、実に美味しそうな料理であった。
‘ぐう〜〜〜ー’
「はう?!」
あまりに美味しそうな匂いに自然にお腹が鳴ってしまったルールリアは顔を真っ赤にして俯く。そんなルールリアにガロンは仮面越しで苦笑しながらフォークを差し出す
「まだまだあるのでたくさん食べてくださいね。」
「っ〜〜〜ー、ありがとうございます・・」
食い意地が張ってるとガロンに思われたのか、更に耳と尻尾を‘へにゃん’とさせて落ち込むルールリア。
その隣ではガロンが仮面の口部分を開けガツガツと椀に入った鍋の具を口に掻き込む。
食べる時も仮面を外さないガロンにルールリアは『外さないんだ・・・』と何処か残念そうな顔をしたあと手に持ったお椀を覗き込む、お椀の中の美味しそうな料理が冷めるのももったいないと思いルールリアはとりあえず受け取ったフォークでパクッと一口食べた。
するとルールリアの‘へにゃん’としていた耳と尻尾がピーンッと立ったかと思うとルールリアは掻き込むようにお椀の中を食べきりガロンに向かって勢いよくお椀を差し出した
「おかわり!!・・・はっ?!!」
おかわりまで請求して我に帰ったのかまた耳と尻尾を‘へにゃん’とさせながらおずおずとお椀を引っ込めようとするルールリアにガロンはお椀を受け取り中身を注いでまた差し出した。
「遠慮しないでください。それにたくさん食べてないと治るものも治りませんので」
そう言うガロンにルールリアは一瞬保うけると次に‘パーー!!’っと明るい顔になりガロンからお椀を受け取りまた中身をその腹に掻き込んで行った。
その後ルールリアは十杯ほどおかわりをしたところで鍋がなくなったので終わりとなった。ルールリアは食べすぎたのかそのお腹は最初よりも明らかに膨れていた。
「ふいー・・もう食べられません」
そう言いながら膨れたお腹を叩き腹一杯と言わんばかりの仕草をするルールリア、そんな警戒心の低いルールリアにガロンは『大丈夫かこの人?』と思いながら食った後や鍋を片付けていく。
「そういえばどうしてこんな樹海に一人でいたんですかルーさん?」
ガロンがその場でゴロンと寝転がるルールリアにそう質問するとルールリアは何かを思い出したのかバッ!と飛び起きてガロンの方を向き慌てるように口を開いた。
「そうだ、美味しい食事にうっかり忘れてた!青年いや、ガロン・・くん、だったっけ?このへんで巨大な何かを見なかったですか?!!私にこんな重傷を追わせたやつなんですが?!!」
そう言って必死な表情をしてガロンに詰め寄るルールリア。そんなルールリアにガロンは抑えるよう手で制しながら口を開く。
「えーー・・っと。それってあいつのことですか?」
そう言ってガロンはルールリアの背後を指差す。ルールリアはガロンが指差した方向に首を向け、そこにいたそれを見て絶句した。
「なっ・・・?!!」
なにせそこには彼女の言う巨大な何か、つまり息絶えたレーザーサウロスが横たわっていたのだから。
「え?・・・な?・・・」
言葉にならない状態に混乱するルールリアにガロンは飄々とした調子で話しかける。
「いやー、本来ならこいつの肉を捌いて鍋に入れたかったんですけど暗くなりかけていたので捌くのはやめたんですよ。なので肉はちょうどそこの川で何故か血抜きできていたフォレストベアーを使ったんですけど・・・・ルーさん?」
全くこっちを振り返らないルールリアにガロンは不思議に思い回り込むと
「・・・・気絶してる」
ルールリアは処理が追いつかなくなったのか目を開けたまま気絶していた。




