第7話 後悔の形は
ヘネシアの手を引きながら歩く寮までの薄暗い廊下。大きな時計が時間を刻む大広間を抜け、2人の部屋の前に立った。
ヘネシアは無愛想な顔をしている。ユークと不甲斐ない別れをさせてしまったんだ。仕方ない。リヴ先生の所為にしたくはないけど、そうとしか思えない。
「寝る」
ヘネシアは僕の手を力強く解いて部屋の扉を閉めた。扉の閉め方を見るに、かなり立腹している。明日、朝食でユークと会えば直るだろうか、機嫌。いや、そもそも明日の朝は約束していないか。
僕も遅れて同じ扉を開いて、ヘネシアの眠る二段ベッドの下側に滑り込んだ。
「起きて、レーベル君」
朝から聞き慣れない声が耳元でした。目を開くと、布団越しに馬乗りになって僕の顔色を覗き込んでいるらしいユークがいた。華奢な身体で。
薄く白い肌の透けそうな服を一枚だけ着ている。それが朝日に照らされて透けそう、というよりはもう見えているのだが。
「ユークさん、どうして此処にいるんですか!」
僕はユークの傍から勢いよく離れ、壁に背を付き、目線を白く澄んだ胸元から逸らす。
「どうして、ってユークに謝りたくってだね。昨日、不甲斐ない別れ方をさせてしまったから」
そう言いながら、面白そうだと言わんばかりの顔で僕に近付いて来た。何とも言えない色気を撒き散らしながら。
僕とあまり変わらない歳だと言うのに、どうしてこんな動きができるんだ。四つん這いで谷間を誇張させるようにして近付く。お世辞でも大きいと言えないそれを僕の視界に入れたり、出したり。
「ちょ、ちょっと、ユー、クさん」
「此処に来る前『男っていう生き物は焦らすような動きや格好を好む』とアンデッドの上官から聞いたのでね、実験してみているんだよ」
ユークは薄い服の首元を左手で掴むと開けるようにして僕に見せる。
「どう、ハッキリ見たいと思わない? この薄い布切れの下側」
ヒラヒラしているその薄い殻を剥ぐのはとても簡単だ。だけど、僕にはまだ理性というものがある。僕の理性とは裏腹に目線は渓谷の向こう側に広がる景色を眺望しようとする。煌く肌の質感は触れてもいないのに想像できてしまう。
いや、この場合は妄想と言うべきか。
僕は生唾を呑んだ。僕の右手はユークの左手を被せるようにして握る。しかし、この先は動かない。理性は惜しくも仕事をしているようだった。
「どうしたの、ほら。レーベル君になら私のすべて、曝け出してもいいよ」
「起きて、レーベル」
威勢のいい棍が聞き覚えのある声と共に耳元を掠めた。ヘネシアだ。
僕はガバっと起き上がった。
外は雨が降っていて、薄い布切れを照らすほど晴れてはいなかった。その時、あの異様な空間は夢だったと気付いた。
そうだよな、あんな妖艶なユークをビンテックさんが許すはずがないんだ。
「レーベル、ゆっくりしてるのはいいけど朝食の時間終わっちゃうよ?」
「え?!」
時計を見るとそこには朝食の受付が看板を仕舞う数分前だった。幸い、寝巻に着替えず寝落ちたことが功を奏したか。
「なんで起こしてくれなかったの!」
「起こそうと思ったんだけど、ユーちゃんが来たから」
そのまま2人で朝食に行ったのか。機嫌が直っているのはそういう枢があったからというわけか。それはそうと、帰って来てもう一度声を掛けてくれて助かった。いろんな意味で。
「急いで食ってくる!」
「行ってらっしゃーい。シミュレーション室で待――」
バタンと閉まる扉の風圧でヘネシアの髪が靡く。軽く見送った手の力がダラリと抜けて垂れる。無言の時間が数秒続いて、溜息がノックした。
「さってと、練習用装備でも取りに行こうかな」
そして、腰に手を当てて周囲を見渡しながらこう続けた。
「にしても、なんでレーベルはユークの名前を呼んでいたんだろう。ユーク、ユーク五月蠅いから起こしちゃった。ユークは私の友達なんだし」
レーベルの後を追うようにヘネシアも扉を開けた。
第7話 後悔の形は




