第25話 反省の呪詛
練習用装備をすべてロッカーに投げ入れて、僕はカウルの寮室に向かった。やはり夜になると寮棟までの廊下が凄く暗い。僕は夜間昇る衛星の光を頼りに廊下を駆けた。
カウルの寮室に着くと何やら部屋の中から声が聞こえた。聞き覚えのある声が2つ。男の声と女の声だ。僕はその声が誰の声なのかすぐに分かり、呆れる。少し間を置く。
「大丈夫だよ、カウルはよく頑張った! 何も心配することはないんだよ!」
「先輩! でも、俺1つ重大なミスをしていまいましたよ!」
「胸を張って言うんじゃない!」
僕は扉をノックした。すると、苦情だと勘違いしたのかカウルが「すみません、静かしします!」と叫んだ。僕は更に呆れた。ノースキルクラスの秀才と言われるカウルが本当なのか疑ってしまう。
「五月蠅いんだよ、外までダダ漏れだ」
僕は勢いよく扉を開けた。
そこにはカウルとユークがミニテーブルを囲んで菓子を開いていた。驚いた顔の2人の前に僕が仁王立ちする。
「おぉ、レーベル!」
「レーベル君か、来てくれると思ったよ」
こうして、隊員だけの反省会のような菓子会が始まった。
僕とユークでカウルを挟み、事情聴取のように話を聞く。ユークは菓子を片手間に貪りながら「重大なミス」を質す。
「で、レーベルも来たことだし、話の続きだ。君が犯した重大な失態とやらを詳しく聞こうじゃないか」
「僕も気になるね」
僕とユークはカウルに迫った。カウルは少し困った顔そしたが話す決心はついていたらしく話し始める。外の光が少し暗い室内仄かに照らす。
「ヘネシアをシミュレーションに誘うことはできたんだけど」
「うん」
「その時『いつか』って言っちゃったんだ!」
「いつか?」
僕とユークは苦い顔をした。
カウルは両手で顔を覆うようにして早口で続ける。
「あの時、本当は今すぐにでもシミュレーション室に呼ぼうと思ったんだ。だけど、俺の中にあるとてつもない恐怖心と羞恥心がそれを制御し、いつの間にか『いつか』という漠然とした期間を表す三文字の単語を口走っていた。これが何を意味するのかと言うと、あの時既に身をもって実感したヘネシアと対面する恐怖心と羞恥心に向かわなければならないということなんだ。そりゃあ、俺は彼女と話したいと願ってレーベルや先輩に相談を持ち掛け、そのお陰で俺はあの時間を獲得することができて『ありがとう、ルータ君』という声を聞くことができた。とても嬉しかったし、幸せのあまり死んでもいいとも思った。この幸福感を自分のミスで恐怖心と羞恥心に塗り替えなければならないこの屈辱を俺はどう処理すればいいんだ。怖いんだよ、ヘネシアともう一度対面するのが。どうすればいいんだ! どうすれば――」
カウルは狂ったように言葉を吐き続けた。特に意味があるとも思えない羅列が僕らの耳を掻き回す。
「落ち着け、カウル!」
「――いい、んだ、よ。」
カウルは僕の一喝を聞くと虚ろな目でミニテーブルの中央を見つめた。僕はカウルの背中を摩りながら諭すように言った。
「怖いなら、僕がヘネシアと話してやる、僕が誘ってやるよ」
「レーベルが誘う? それじゃあ俺が会えないじゃないか」
「いや、僕とカウルとヘネシアで約束して、僕が抜ける。それじゃあ、2人でシミュレーションできるでしょ?」
「そんな情けねぇことできねぇよ!」
ユークはカウルの頬を引っ叩いた。衝撃音がカウルの寮室を劈いた。
「お前ができないと言うからレーベルは提案したんだ」
「先輩」
「そんな口を叩くならやってみせろ」
ユークはカウルと初めて会った時のような鋭い声で淡々とカウルを突き放すように呟いた。まるで母親のように。母親、のように。母親?
「先輩、分かりました。俺やってみます。ただ、少し時間をください。俺は結果が分からないことに対してとても慄きを感じるんです。だけど、克服してみせます! 己の手で!」
この後、僕らは夜遅くまで菓子会を続けた。ただ、楽しく。
第25話 反省の呪詛




