第20話 犬猿の仲
不死川上官は「儀式」が終わると全身の身肉を骨格に復元させ、幾らかの書物を持って立ち上がった。復元の拍子に黒い液体はすべて消失していた。
「それじゃあ、あとは君の使い魔の経過観察だ。私は少し研究室を空ける。よろしく頼んだよ」
「分かりました」
私はゴルちゃんを胸元に引き寄せて返事をした。その声が聞こえたのか、本棚の裏から「お疲れ様でーす」と輪の声が聞こえた。いい加減、挨拶くらい顔を出してしろよ。
呻く扉が静かに閉じた。
「ところで、どうして輪がいるの?」
私は知っている。輪が暫くテルドロッド特殊能力部隊養成学校に来ていなかったこと。私は本棚を見ながら放った。本棚にある『男脳と女脳』が話す。
「どうしてユークに言わないとならないのさ」
「私が気になるからに決まってるじゃない」
「あー、自己中心的だよね、ユーク」
「いいから!」
私は物凄い剣幕でまくし立てる。すると少し間があってから本棚の奥にある『アルテマについて』が話し出す。
「ベルが倒れたんだよ、僕の目の前で」
「え? それはどういう」
「そのままの意味さ。使い魔としての機能が潰えた」
本棚の裏からガサガサというノイズに紛れた輪の声が続く。
「だから、上官に診せにきたんだよ、数日前に。今日までずっと本棚の裏にいたよ」
「嘘! 本当?」
これが本当なら不味い、私が此処で上官と話した内容もすべて――。
「で、気になったことがあるから、ユークと話す序でに聞きたいんだけど」
「な、何?」
本棚にある『かっこいい男の条件』が話し出す。
「最近の上官、どう思う?」
「え?」
ユークにとって意外な質問だった。
私と上官の話の内容には一切触れないのは優しさ? それとも。
「どうって言われても、特に何とも――」
すると、輪がやっと本棚の裏からフードを被ったまま現れた。その表情こそ見えないが、足取りは重く、何やら相当悩んでいるようにも見えた。私は少し気を引き締めた。
「何か、別人に見えることない?」
私は少し考えたが、分からなかった。いつも何を考えているか分からないし、変人に変わりはなかった。
「そうかな」
「見えないのなら、僕の思い過ごしかもしれないからいいよ」
輪は踵を返しながら、言った。
「ちょっと」
「何?」
私は輪を引き留めた。輪もそれに容易く立ち止まる。研究室内の蝋燭が少し傾く。本棚の軋みもよく聞こえる。とても静かだ。
「私もこの際だから聞いておきたいことがあるの」
「この際って。いつでも君は僕に聞くじゃないか。場都合のいいように」
「まぁ、そうかもね」
私は空気が褪せて仕舞わないうちに尋ねた。
「わ、私と上官の会話、どこまで抑えてるの?」
「聞きたいの?」
「え? いや、その」
「聞きたくないなら話さないけど」
「ぐぬぬ」
私は自分の頬が赤くなっているのが分かった。だが、此処で引き下がるわけにもいかない。なせなら、フードの下の下衆い顔が想像できてしまうからだ。
「教えて」
「いいの?」
「ええ、私の決意が変わって仕舞わないうちに」
「君が上官に『大好き』と摺り寄り、それに上官が『恩師にこんな破廉恥なことを』って言ったにも関わらず『私はあなたのモルモットですから、これくらいのことは』とか言ってたのはこの耳で確かに聞いたよ。その時、丁度そこの本棚の後ろにいたもんだから、物音立てないか心配だったんだけど、それよりも君と上官の戯れ合いによる椅子の軋みの方が大きくて助かったよ。それに――」
「もういい! ありがとう! それだけ把握しているならもう恥ずかしいことはないから」
私はゴルちゃんで顔を隠して蹲った。ついさっきこのゴルちゃんの心臓を食らったことなんてもうすっかり忘れていた。
ユークはどのようにしてコイツの記憶を失くそうかと思考を巡らせ始めた。
第20話 犬猿の仲