第1話 死と対峙すること
僕は異骸を身に纏った生物と対峙している。その生物は僕を見るなり奇声を上げ、自身を大きく見せようと擬態をする。もう疾くに知っている、そんな下級な技。
僕は棍を強く握り直す。
何処も彼処も破壊された町。そんな町の中に立つ未熟な僕。
先程、死を覚悟して別れた彼女を思い出す。「この区域は君に任せたよ」と僕に告げ、自らの任務を遂行しに向かった彼女を。
カタカタと音を立てて揺らぐそれは僕を赤い目で睨む。
「お前らがいなけりゃ、アイツが死ぬことはなかったんだ!」
地面に潰れた赤褐色の物体の上で――。
僕の声に反応するように異骸を畝らせ、奴は触手を伸長させた。赤い目が煌いた瞬間だった。目の前を黒い物質が掠めたのだ。途端に鈍痛が走り、黒に混じるように赤が飛び散った。同時に鉄に似た臭いが鼻腔を駆け抜けた。
遠くで笑い声がする。これが死を迎え入れるという感覚なのか。静止した時間の中、赤く染まった身体が今にも肉片になろうとしている。
触手は勢いよく僕の身体を抜け、宿主の元で収納される。
世界が徐々に白くなる。そして、何もかもが視界から消えた時、聞き覚えのある声が僕の遺体を包み込んだ。
『プレイヤーの生存反応が消失しました。メニュー画面へ移動します』
目の前に整頓されたアプリケーションの列が見えた。僕の傷跡も瞬時に修復される。真っ白な壁に覆われたシミュレーション室の中に二人が倒れていた。
僕はすぐに起き上がり、潰れてなどいない彼女を見つけた。
「ヘネシア! おい、ヘネシア!」
「何、起きてるよ」
僕の安堵が伝わったのか、鬱陶しい絡み方だと思われたのか分からないが、徐に身体を起こす生々しい少女。
此処はテルドロッドと呼ばれる都市の中心に位置する特殊能力部隊養成学校。
僕はまた同じ過ちをしてしまった。ヘネシアの傍に座り込みながら俯く。そこへ悠々と指導員が割り込んで来た。
「レーベル君、君はあの人が仰っていた通り素質はいいんだけど、どうしてこう感情的になっちゃうのよ。それだから視野が狭くなって、遠距離攻撃に対応できないのよ。君はいつも似たような攻撃を受けて戦闘不能になっているのよ、自覚はあるんでしょうね」
「はい」
僕は重い返事をすることしかできなかった。正論なのだから。昨日も一昨日も、その前だって同じ死に方をしているのだから。
「リヴ先生、そんなにレーベルを責めないでください。私が先に戦闘不能になったのがいけないんです。だから」
「メル君」
指導員は眉間に皺を寄せた後に少し考えて「今日は終わりだ、また明日頑張れ」と捨てた。
「あ、ありがとう、庇ってくれて」
「いや、私のミスもあるし。それに機能より長く生きられたから」
ヘネシアは少しだけ顔を赤らめて、スタッと立ち上がった。
「大丈夫、レーベルは頑張った。私も頑張った。明日また頑張ればいいよ」
彼女は僕の頭をワシャワシャと掻き回した。慰めにしては少し荒っぽいが僕には嬉しかった。
ただ、納得できないことがある。確かに頑張ったかもしれないが、時間がないとあの人は言っていた。こんなに初歩的なカリキュラムで躓いていていいのか。もっと感情のコントロールや対象とのリーチを素早く縮める術を。
ヘネシアは意外にもよく動けるようで、僕の頭を掻き回した後、指導員が退室した扉から外へと出て行った。
「感情的になるな、か」
『次のプレイヤーが待機しています。速やかに退出してください。次のプレイヤーが待機しています。速やかに退出してください』
無機質な声はどうしてここまで完璧に無機質でいられるのだろう。目の前で命を懸けた戦いを繰り広げていたというのに。僕の胸が貫通したというのに。ヘネシアが肉片となって弾けたというのに。
『速やかに退出してください』
僕は音声ガイドに導かれるように転がっている棍を拾い上げてシミュレーション室を後にした。ただ少しの後悔と疑問を残して。
第1話 死と対峙すること