第17話 暴走する使い魔
は返却口にお盆を乗せようと両肘を伸ばした。その時、微かに何かの気配に気付いた。いつも通りの賑やかな食堂に何か別の声が紛れているような。
「どうしたの? 早く、食器」というおばちゃんの声が少しノイズになったが、その気配は確かに感じられた。
「来る!」
僕はすぐさま加速の要領で1歩後ろに跳ぶ。と、目の前を何かが猛スピードで駆け抜けていった。ビュオッと数秒遅れて吹く風がお盆に乗っていた食器類を吹き飛ばす。
あと少し加速が遅れていでもしたら僕の顔は吹き飛んでいたかもしれない。
「おーい、待てやロイ! 大丈夫か、レーベル!」
そう言って遠くから走って来たのはビンテックだった。
「どうしたんですか?」
「分からんのじゃ。急にロイの様子が変わって」
そう話している間にもロイは食堂内で次々と食器類を蹴散らしていた。よく、あの小さな羽であそこまでスピードが出せるものだ。
「どうにか止める術は!」
「無理じゃ、俺の呼び掛けにも応じん。素手でも無理じゃし」
と、ロイがユークとカウルの方へ転換する。豪速が標的を定めて向かう。
衝突音と共に砂塵が立ち込め、2人はその中へ消えた。騒然とする食堂に、指導員は誰も現れない。
「俺の先輩には手出しさせないぜ」
砂塵が晴れたそこには、棍でロイの衝突を防ぎユークを庇護するカウルがいた。ギリギリと音が鳴る。ロイの目は赤く歪んでいた。
「君、棍を何処に――」
「ヘネシアを守るために持っていたんですが、役に立ってよかったです」
「それ、何か嬉しくない」
ユークは拗ねるように背いた。カウルは少し残念そうな顔した。
「まぁ、誰かを守れるのなら、俺は嬉しいんだ」
そう言うとロイを弾き返した。
「クギェェェエ」
「ロイ! 大丈夫か! おい、お前! そいつは俺の使い魔なんじゃ! あまり傷つけんでくれ!」
ビンテックは遠くから叫んだ。その声に気付いたカウルはニヤリと笑った。
「任せろ。俺はカウルだぞ」
ロイは食堂の中央に羽搏く。それと対峙するカウル。
僕やビンテック、ユーク、ヘネシアは各々の場所でそれを見守る。
すると、それはいきなり始まった。ロイが嘶いたかと思えば、急激に加速。風を切った衝撃波が食堂を更に破壊する。その衝撃波を棍の衝撃波で相殺したのはカウル。そして、ひょいとロイの突進を避けた。ロイは地面に強く当たるとそのままの勢いで旋回し、標的カウルを維持しながら飛行する。
「かかったな」
カウルは棍の柄を最低限に下まで持ち、空中で構えた。
「あれは――」
僕はあの構えを知っていた。「復仇」だ。相手のエネルギーを受け流すようにしてそのまま本人に当てる、難易度の高いノースキルクラスの技。
「俺の勝ちだぁぁぁぁあ」
カウルの棍はロイの頭骨に命中した。そして、カウルに目掛けて突進していたスピードと同じスピードで地面へと追突した。砂塵が舞う。僕らはほっと胸を撫でおろした。
しかし、まだ終わっていなかった。墜落したのがヘネシアのすぐ近くだったのだ。
「ヤッベ!」
ロイは起き上がると高い声で嘶きながらヘネシアを標的に定めた。赤く歪んだ瞳が腰を抜かした少女を睨みつける。震えた脚が立つことを許さなかった。
「ヘネシアっ!」
カウルの声に反応したヘネシアだったが気付いた時にはロイの歯が目前に迫っていた。
「まったく、使い魔の制御くらい、ヴァリアントの者ならきちんとしなよ」
ビンテックの少し後方から声が聞こえたかと思うと、ロイは緑色の仄明るい炎に包み込まれた。優しい、その炎はロイの赤い目を癒した。
そして、ロイは口を開けたままヘネシアの足元に崩れ落ちる。
ユークは叫んだ。
「輪!」
そこには、ランプに緑色の炎を宿した僕らくらいの少年が1人立っていた。渋い顔をしながら。
カウルは着地すると拳を強く握った。
第17話 暴走する使い魔




