第15話 研究室の本棚の裏
白衣を靡かせながら廊下を闊歩する不死川航。彼は今、とある「儀式」の準備へ向かっている。その最中、実験材料の尻を見つけてしまい声をかけた。どうやら実験開始時間が遅延するようだ。まぁ仕方ない。彼は食堂を後にして現在、アンデッドクラス棟に入った。
アンデッドクラスは少し歪なクラスとして名高い故に、少しだけ隔離されている。その分静かに研究ができるのだから、異論はないが。
不死川はそうして自分の研究室の扉を開く。建付けの悪い扉が呻く。
「あ、おかえりなさい」
研究室の中には大きな本棚がいくつもあり、そこには様々な研究書が詰まっていた。
『異世界の探究』、『地球誕生』、『デバッグ調査日誌』、『使い魔の発現について』、『かっこいい男の条件』、『アルテマ建造記録』など。
そんな本棚の後ろから不死川の帰還と共にひょっこり顔を出したのは不死川の教え子である鞘浪輪だ。
「お前、そんなところで何をしているんだ」
不死川は呆れも驚きもせず淡々と質しながら、定位置である椅子へと腰掛けに向かう。これに輪はムッとしながら答えた。
「あなたのエイノゼさんが本棚の後ろに逃げ込んだので探していたんです。きちんと捕まえましたよ、この通り」
輪の右腕には使い魔が纏わりついていた。少し渋い顔をする輪。
「おぅ、それは悪かったな」
不死川は腰掛ける前にエイノゼを受け取り、満を持して着席した。勢いのいい腰掛けっぷりは椅子の心配をしてしまいそうなほどだ。
「ところで、今日の『儀式』の手伝いの件なんだが、輪」
「また、何か凶報ですか。やめてくださいよ」
「なぁに、大したことじゃないさ。少しユークの到着が遅れる、それだけ」
栄養ドリンクのキャップをパシュっと開けると研究書を開きながら飲み方に拘って飲み始めた。
「こうか?」
勿論、研究書は『かっこいい男の条件』だ。
「とんだ迷惑女ですよね、彼女」
「おっと、私の教え子が私の教え子にそんな言い方をするものではないぞ? 自分が誰かに迷惑をかけることだってあるんだ。お互い様さ」
輪は「そうですね」とまるで納得していない口調でエイノゼを捕獲する際に落とした研究書たちを拾い集める。その中の1つに『男脳と女脳』というものがあった。見なかったことにした。
「話は変わるんだが、君の使い魔の様子はどうだ」
「僕の、ですか。ベルは昨日から特に変わりないですよ。火の感じもずっと弱くて、多分眠っているんだと思います」
輪はランプのような容器を取り出すと、そこに弱々しく燃える火のような使い魔がいた。
「うーん、もう目覚めてもいい頃だと思うんだが」
「えぇ」
その時久々の来客があった。
「誰だ、こんな昼時に」
「あ、僕は本棚の裏にいます」
不死川は呻く扉をゆっくりと開いた。そこには目付きの悪い女性が立っていた。しかし、アンデッドクラスの者ではない。
「フラワネットか、どうしたこんなところまで来て」
「上の命令だ、これを見ておけ」
そう言うと彼女は1枚の紙を手渡した。
「こ、これは、大イベントだなぁ」
「お前はいつも能天気だな」
「そんなことはないさ」
「用件はこれだけだ、邪魔をして済まなかったな」
フラワネットと呼ばれた女性は呻く扉が呻く隙もないくらい早く扉を閉めた。不死川は彼女に渡された紙を深刻そうに見ていた。冷や汗が垂れている。
「だ、大丈夫ですか、上官」
「いやぁ、忙しくなるぞ、コイツぁ」
ランプの中で寝返りが起きた。
第15話 研究室の本棚の裏




