第12話 教えてくれ
早朝訓練が終わり、リヴ先生の身体能力概論の講義が始まった。しかし、みんな早朝訓練に精を出し過ぎたのか、項垂れて椅子に貼り付いていた。
もちろん、僕もその一人だ。
ヘネシアはと言うとまったくその疲れを感じさせなかった。真っ直ぐ座り、何やら書き写している。よく、あんなに動いた後に集中ができるものだ。関心する。
「おい、レーベル」
突然、後方の席から声がした。男の子の声だ。
「何だよ、カウル。講義中だぞ。私語は厳禁だろ?」
「バーカ。リヴ先生の講義なんてただの繰り返しだって。あんな講義なら俺だってできるさ。それに、今話している内容は俺には関係ない。応用編にでも進んでくれないと講義を聞くつもりはないね」
「ふーん、成績優秀者は言うことが違うよね」
嫌味のつもりで言ったつもりだったのにカウルは照れ臭そうに鼻を擦り、「ヘヘッ」と笑った。脳内お花畑め。こういうところが憎めなくて僕の唯一の男友達になったわけなんだよね。僕も引きつった笑顔で笑ってやった。
「それで? 僕に何か用なんだろ?」
正面を向いたまま、小声でリヴ先生に勘付かれないように言う。すると、カウルの顔から笑顔が消え、真剣な表情で僕い向かって身を乗り出しながら話し始めた。できるだけ僕の耳元で。
「そうそう、お前最近さ、ヘネシアと仲良くしてるだろ、あの白い髪のさ」
「え、まぁそうだけど。それがどうしたんだよ」
「うわぁ、認めちゃうんだ。ちょっと教えて欲しいんだけどさ、ヘネシアとどうやったら仲良くできるの?俺がさ、どんな話を持ち寄っても『うん』としか返してくれないんだよ」
カウルは本気でこれに悩んでいるようだった。その悩みは僕が初めてヘネシアに出会った時の悩みと酷似していた。僕は笑いながら「そんなことか」と振り向いて面白いくらい真剣な顔をしたカウルに向かって話した。リヴ先生のことなんて頭から抜けていた。
「ヘネシアは距離を詰めるのが苦手なんだよ。僕も似たような苦労をしたから分かるよ。初めは何も話してくれない。でも、暫くすると向こうから話しかけて来るよ。距離感を分かってくれる人、そんな人がヘネシアは心地いいと感じるんだと思うんだ」
リヴ先生の講義を一度も書き写したことのないカウルが何を思い立ったのか、徐にノートを机から引っ張り出してメモを取り始めた。余程ヘネシアとの会話が楽しみなようだ。
「ねぇ、カウル。今日の昼、暇?」
「ちょっと待って」
「いや、会わせたい人がいるんだよ。ヘネシアの専門家なんだけど――」
カウルは走らせていた筆記具をピタリと止める。「向こうから話しかけてく」まで書いたノートから顔を上げた。とても分かり易く輝いていた。
「是非、会わせてくれ!!」
「五月蠅いぞ!! ルータ=カウル!!」
リヴ先生の投げた棍がカウルの額に命中したと同時に講義の終わりの鐘が鳴った。
勿論、講義後の休憩時間を返上してこっ酷く叱られたのは言うまでもない。後ろを向いていただけで巻き込まれた僕。なんて不幸なんだ。
ただ、心配そうなヘネシアの視線を受けて少しだけ嬉しそうなカウルを見られたのは少し嬉しかった。
第12話 教えてくれ