第11話 加速する
広場の真ん中でリヴ先生は鬼の形相を僕に向けていた。ヘネシアはそれを遠くから心配そうに見ていた。他のノースキルクラスの子も僕を見ている。笑う者もいればヘネシアのように心配している者も。
「遅い! 昨日あれほど『遅れるな』と言ったのに、どうしてお前はこうなんだ!」
「すみません、寝坊をしたことは謝ります! でも、食堂でユ――」
「『でも』じゃない! 遅れた事実に変わりない! 今夜お前にだけ補習を設ける。そこでたっぷりと仕込んでやるから覚悟しておくんだな、レーベル」
リヴ先生は僕を言葉だけで押し潰した。
なんて理不尽な指導員なんだ。僕は不貞腐れた返事を放り投げて棍を握った。
その様子を威圧的に見ていたリヴ先生が吼えた。
「よし、今日の早朝訓練は『加速練習』だ! 身体能力をメインに鍛えるノースキルクラスの基礎となる項目だ! 真剣に取り組むように! 失敗は幾らでもしろ! その代わり、成長しなければ意味がないということ念頭に置いておけ! いいな!」
大きな返事と共にノースキルクラスの早朝訓練が開始された。まるで囚人かのような団結力は僕が此処に入隊した当初から何一つ変わらない。寒気がする。
「大丈夫、気に病むことはないよ」
そう言ってヘネシアだけが僕に寄り添ってくれた。
「ありがとう、ヘネシア」
僕が叱られたり、落ち込んだりするといつも励ましてくれるのはヘネシアだ。
「私がもう少し早く起こしていればよかったね」
「いや、僕が起きなかったのが悪いから、いいよ」
「そう」
ヘネシアは少し悲しそうな表情で棍を持っていた。いつもはこんなに感情をあからさまに表に出さないのに。
「よし! ヘネシア、加速練習しよう!」
僕は軽く加速の構えをとった。姿勢を低くし棍を剣のように構えると、それを見たヘネシアも堪えきれずニッと笑い、同じような構えで棍を翳す。
「始め!」
僕らは瞬時に自分の足の爪先に命令を送る。神経が爆発するように加速する。風を切る身体はできるだけ空気抵抗のない姿勢を維持する。
ヘネシアもそれを心得ているようだ。僕と並走する。
「レーベル、加速上手くなったね」
「ヘネシアが衰えたんじゃないの」
僕らは広場の隅でターンする。その時も無駄が生まれないように棍をバネのように使い反動で勢いよく自らの身体を射出する。常に足の裏にはエンジンを積んでいるような、そんな感覚を留めておく。
ヘネシアも同じく棍を使った。
「そんなこと言っていいの、レーベル? 私先輩なんだけどなー」
ヘネシアは意識をすべて脚に送った。「麒脚」と僅かに呟きながら。
気付いた時には僕はヘネシアに押し倒されて顔に棍を向けられていた。僕の上に仁王立ちするヘネシアは何処か懐かしい感じがした。
「まだまだだよ、レーベル君」
追い付かれた上に押し倒されたのか。僕の脳はヘネシアの一連の動きを処理できていなかった。
何も見えなかった。
「レーベル! 寝っ転がるな! 立て!」
「すみません!」
リヴ先生の怒号とヘネシアの優しい笑顔で僕はもう一度立ち上がった。
何の変哲もない早朝訓練だった。
第11話 加速する




