第10話 先輩らしいこと
不死川上官は目を丸くしながら瞬きを繰り返した。
「非常に興味深いね、君」
蒼い瞳の奥に拷問器具が見えそうな勢いでレーベルの顔に近付く。
「それは、レーベルの父親が何かしらの使い魔を発現しているということですか」
「あぁ、アリスレスって言えばヴァリアントクラスの最高位だ。指導員で知らない者はいないだろうさ」
上官とユークは僕のことを真剣に考えている。そろそろ早朝訓練に僕も向かわなければならない。大丈夫だろうか。この上官が責任を取ってくれるのだろうか。
「そういうことなら、確かに不可解ですね。レーベルが父型の使い魔を受け継いでいるなら発現があるはずなのに、現にノースキルクラスに配属されている」
「さらに、遺伝的な発現を無効化する何かを秘めている。でないと私の研究が間違っていることになる。私の研究ではありえないんだ、この現象は」
どうやら僕は不死川上官の研究を白紙に戻すほどの力を持っているらしい。そして、同時に探究心に火を点けてしまったようだ。
僕は後退りながら「もういいですか、待たせている友達が」と様子を伺いつつ、走る準備をする。
「あ、ごめんね、レーベル君行っていいよ! 上官も考えることが増えて喜んでいると思うから」
「いや、寧ろ睡眠不足の延期が決まって栄養ドリンクの補給が捗るなぁと」
「だから行ってあげて、ヘネシアちゃんのとこ」
友達としか言っていないのにヘネシアだと見透かしたユークはウインクをした。夢で見たあの薄暗い瞳だ。その続きは考えないようにしながらお辞儀をし、食堂を後にした。
考えてなんかいないぞ、あの薄過ぎる布の下側なんて。
「さぁて、あの子も早朝訓練へ向かったことだし、こちらも本題に入ろうかユーク」
黒い白衣を翻しながらユークに目の高さまで屈む不死川。すると、何の躊躇いもなく右腕を白骨化させた。どのように動いているのか仕組みは分からないが、それはカタカタと音を立てながらユークの頬から首筋の裏まで這う。
ユークは嫌な顔を一切見せない。背徳心を擽る表情だ。
「ユークの使い魔はこの前のイベントでユークを理解した。次はその逆を行うとしよう。ゴルちゃんの一部を君が喰らうんだ。目的としてはより強い身体的共存の強化。君があの使い魔を受け入れ、融合すること目的としている。それはそうだよね」
ユークは特異的発現をしたんだから。
遺伝的発現と並行して、ね。
ユークは壁を真っすぐ見た。
「そうですね。私は上官にとってのレアケースですから、完全にモルモットになって差し上げますよ。この事実を私に教えて下さった御恩もありますし。その代わり、レーベルには手出ししないでください」
「何故だ? ユークが人を庇うなんて珍しいな。兄ですら庇おうとしなかった君がどうしてまた」
「私の後輩だからです」
ユークは蒼炎のような目に向かって言った。決意と覚悟を融合したような赤い炎だ。
「ふんっ、ユークの言うことだ、先輩面したいというところだろう?」
「いえ、『年上は格好よくいなければならない』と教えてくださったのは上官ですよ」
ユークは口角を上げてニヤけた。
「そうだったか? まぁいい、あの少年のことは調査しないでおこう。長く続いた睡眠不足も栄養ドリンクに対する出費も抑えたいしな」
「ありがとうございます」
不死川は改めてユークの柔肌を撫でるように見渡す。「何ですか」というユークの優しい声は不死川には届かない。
艶めく髪が不死川の骨の上で踊る。薄く香るこの匂いは入隊当初から何も変わらない。
小さな耳に人差し指の関節が触れると同時に脈打つユークの身体。敏感は好物だ。そして、その耳に吹きかけるように囁く。
「終日、私の研究室へ来い。服装は問わない。なるべく露出を抑えたものが好ましい。分かったな? これは君と私の『シークレット・イベント』だ」
第10話 先輩らしいこと




