好きになるのに時間は関係ない
これは俺が玲子と幸せな日々を過ごしていた時の事だ。
俺はベンチで玲子と他愛もない話をしていた。
玲子はあくびをしながら俺に喋りかけた。
「私は身体が弱いから入院を繰り返しているの。……だから将来なんてどうすればいいかわからないわ……正樹君は将来なんになりたいの?」
玲子の横顔に見惚れていた俺は我に返った。
「あ、お、俺か……俺は両親がやっていたお菓子屋さんを開いてみたいな。……そのためにいつか製菓学校に通おうと思っているぞ」
玲子はほわほわした笑顔を俺に向けてくる。
「お菓子屋さん……ふふ、似合わないけど、良い夢ね」
「う、うるせー! こう見えて超器用なんだよ!」
「……いいな。私も早く良くなって、将来の夢を探したいわ」
俺たちは十四歳。
これからゆっくり考えればいいと思っていた。
だけど、玲子にはそんな時間がなかった。
玲子が発作で倒れた日。
黒いモヤがに包まれている玲子を個室で発見した。
俺は奇妙な感覚が生まれた。まるでモヤに呼ばれているようだった。
俺はベットの上の寝ている玲子のそばに近づいた。
モヤがうごめいた。
「――お主、こやつの事を好いておるのか?」
モヤが集まって、人の形になる。
そこには小学生位で着物を着たキレイな黒髪の女の子が立っていた。
見た目は少女、でも明らかに異質な存在。
――これは化け物だ。
俺はなぜだか冷静に考えることができた。
「ふむ、珍しいのう〜。黒いモヤが見えるだけじゃなくて、儂と話す事ができるなんて、レアキャラじゃ!」
少女が笑顔を俺に振りまいている。
とても可愛らしい笑顔。しかし、それは虫を無邪気に殺してしまう子供の残虐さが見え隠れしていた。
――絶対気を許すな。
「ふん、中々肝が座っておるの〜。じゃが、お主が正しいぞ。儂はコヤツに取り憑いている呪いじゃ。呪いが集まって昇華されて具現化された存在じゃ」
俺は固まってしまった。
呪い? 具現化? こいつは何者?
「まあそんなに深く考えるではない。ようはコイツを死に至らせる存在じゃ」
俺は少女の胸ぐらを掴んでいた。
小さな身体のはずなのに、ひどく重たい。微動だにしない。
「な、なんで玲子なんだよ!? どうして……どうして!」
着物の少女は表情を変えない。
「ふふふ、主はせっかちじゃのう。儂は千年ぶりに視認されて顕現できたのじゃ。主が儂を見つけてくれなかったら、儂はひっそりとコイツを殺して、儂も成仏するだけだったのじゃ」
俺は胸ぐらを掴みながら懇願した。
「お、お願いだ……玲子を助けてくれ……お願いだ……お願いだ……玲子が助かるなら俺はなんだってする……」
少女は俺の手を払いのけた。そして玲子を見た。
「ふむ……このままコイツに取り憑くより、主に取り憑いた方が面白そうなのじゃ……よし! 契約をするのじゃ。コイツに取り付くのをやめる代わりに、主に取り付くのじゃ! ……そうすると主の寿命は凄く短くなるが、それでいいのか?」
「あたりめーだ! 玲子が助かるなら、俺はなんだってする!」
――だって俺の一番好きな人。死ぬなんて考えられない……
「ふむ、それでは契約成立だ。寿命は……取り憑いてから勝手に決まるのじゃ。まあ長くて5年、短くて1年じゃろ? それでは行くのじゃ!」
少女は黒いモヤに変化した。
黒いモヤが俺の身体を蹂躙する。
――苦しい。
――悲しい。
――人々の恨み。
――これが呪い。
俺は薄れていく意識の中で、玲子の身体が光り輝いているのを確認した。
玲子の悲鳴を聞いて俺は目が覚めた。
「きゃーー!! 誰か来て!!」
床に倒れていた俺はよろよろ起き上がり、大丈夫だと伝えようとする、が、様子がおかしい。
俺を見る目には恐怖が浮かんでいた。
「誰かーー!! 変な人が病室にいます! ナースナース!!」
「れ、玲子? 俺だよ、正樹だよ! ……いつもベンチで話しているじゃん!?」
「きゃ……え、え、知り合い? え、ええ、えええ、私の名前は……玲子。大丈夫……じゃない……記憶が全然ない!?」
俺がオタオタしていると、医師と看護婦が病室に飛んで来て、偉い騒ぎになった。
俺と玲子が一緒にいる姿はこの病院中の人が見ていた。
だから俺に対する誤解は解けたけど……
俺はあたふたしている玲子をじっと見つめてた。だってこれが見納めだ。
俺の心が苦しさで一杯になった……
いつまでも病室に居ようとする俺を玲子は見咎めた。
「ちょっと、出ていってよ! よくわからないけど、怖いのよ……黒いモヤモヤが見えるし……お願い……出ていって……」
なるほど、これは中々つらい物があるな……
だがこれは俺が選んだ道だ。
自分に酔ってなんかいない。これは自然な事だ。好きな人を守るだけの事。
俺は自分で選んだ道を進むんだ。
俺はいつも玲子と一緒にいたベンチに一人座った。
よし、気持ちを切り替えよう。この初恋は胸の奥にしまう。
――だけど、記憶喪失とはな。……でもこれで丁度いいのか? 俺は玲子が好きで好きでたまらない。……玲子が俺に好意を持っていたかわからない……でも、このまま玲子と一緒にいたら、絶対俺が先に死んでしまう。
――玲子の幸せを考えると、俺はこの先、玲子と関わらない方がいい。――だよな? 俺の寿命って後どれくらいだ?
(――あと、五年じゃ! 長くて良かったの! 今後ともよろしくなのじゃ!)
――あぁ、仕方ねえな。……よろしく頼むぞ。
こうして俺は変なモヤが身体にまとわりつき、余命は19歳までとなった。
製菓学校がある高田馬場は学生街だ。
俺は近くの西早稲田に住んでいる。
元々両親が住んでいた家を売っぱらい、近所のマンションに住む事にした。
賃貸だと後腐れが無くていい。
部屋数が少ないと掃除が楽だ。
俺の部屋は無駄な物が一切ない。
俺がいなくなった時の後始末は楽な方がいいだろ?
まず俺は現状の把握をすることにした。
学校に入学してびびった。
まさか玲子がいるとは思わなかった。
……あんだけ覚悟を決めて別れたのに、普通にいるんだもん。
しかも超絶インキャと化していた……
あんなに可愛かった面影が一切ない。性格もひん曲がっちまったみたいだ。
……どうしてこんな学校に入ったんだ? あいつはどこぞのお嬢様だったはず……
教室であいつを見ると胸がドキドキしてしまう。
ヤバい、やっぱ超好きだ。忘れることなんてできねーよ、くそ!!
でも俺があいつに想いを伝える事は絶対ない。
俺は何度も言っているように、後一年で死ぬ。
俺の気持ちを伝えて、俺が自己満足するようでは駄目だ。
俺はあいつを幸せにする。
そこに俺はいてはいけない。
だから俺ができることは、この学校で円滑に過ごせる土台作りと……玲子を昔みたいに魅力的な子に戻す事か……
「とういうわけなんだ」
「はぁ!? 意味わかんないよ! なんで私が天童と友達にならなきゃいけないのよ!」
俺は高田馬場にある地下のサイゲリアで楓とご飯を食べていた。
こいつはサイゲリアのパスタをフォークにくるくる巻いて器用に食べている。
その姿を見ると、こいつがモテる理由がよくわかる。
ゆるふわのパーマのおかげで小顔がさらに小顔に見えて、スタイルも抜群だ。
その巨乳のおかげで、さっきから男の視線を集めまくっている。
こいつのせいでサイゲのパスタが高級品に見えてきた。
「ていうかさ、あんたが私に頼み事するのって初めてじゃない? どうして天童なの? え!? ま、まさか、す、好きなの?」
「いやそれは絶対無い」
――俺は誰も好きになっちゃいけないんだ。絶対悲しませたくない。
楓は胸を撫で下ろして安堵した様子だった。
「そう……あんたって中学のいつからかな? 凄く明るくなったよね? 私以外の友達も一杯出来て……でも、私にはわかる。あんたには鉄壁の壁がある」
「うん? 俺はみたままのおバカな学生だぞ?」
「……はっ!? 困っている人は誰でも助けようとするおせっかいなリア充よ! ……あんたは自分を犠牲にして他人を救っている。それが見てて辛い人もいるのよ」
――やっぱり楓は優しい子だな。……もう少ししたら距離を置かなきゃな。俺がこの学校にいつまでいるか……そして死ぬ時はひっそりと邪魔にならないところって決めてるんだ! 海、海がいい! 男なら海だろ!
俺は楓に心を込めて返事した。
「そうだな。気をつける。……もう絶対心配かけない」
「う、うん、それならいいんだけど……」
未だ心配そうな楓と俺は、くだらない話をしながらサイゲリアで時間を過ごした。
やっぱりこいつといる時間は悪くない。
俺は他愛もない話をしながら、心の中ではどうやって楓と距離を置くか考えていた……




