叱咤
俺の日常はゆったりと過ぎていった。
前の俺が書いたノートは、家にも何冊もあった。
俺は持ち前の頭脳を生かして、正樹の人生を完璧に覚えた。
――ていうか、コイツ本当にバカだよな……まあ俺なんだけどさ……
こいつは自分を犠牲にして全部救いやがった。
人間とは思えない精神力で乗り切った。
まるで同じ人間とは思えない。イカれているとしか思えない……
俺にできることはなんだ?
――俺はコイツが救った大切な人たちを悲しませない。
俺は誰にも記憶喪失を感じさせずに完璧に正樹を演じ切った。
製菓学校での楽しい学校生活。
楓ちゃんとの楽しいやり取り。
玲子ちゃんとの放課後デート。
みんなからの愛情をひしひしと感じられる。
『俺はあまり好かれないような行動を取っている。だけど、余命が無くなったのならもう必要ない。お前は好きに生きろ』
ノートに書いてあった言葉とは裏腹に、こいつは誰からも好かれていた。
新宿の街を歩いても、
『正樹君! 今日はうちの店来ませんか!』
『あ、正樹君だ〜! ねえねえ、私がお金払うからお店絶対来てよ!!』
『き、君は、いつぞやの……ありがとう。君に俺は救われた……うぅ』
『おにーちゃんだ!!』
知らぬ間に人が集まる。
俺を見る瞳には邪気が無い。
子供も男女もオタクもチンピラもギャルもメガネ女子も関係ない。
――おい、お前は幸せだぞ? いくら冷たい態度を取ろうが、それはあくまでもお前の主観だ。お前のやり遂げた事は、救われた奴らしか評価できねえよ。
記憶を無くしたとしても俺はこんな生活が本当に楽しかった。
でも……
「あ、玲子ちゃん……俺ディスティニーランドは来年の二月の菓子祭が終わった後にしようと思っているんだ。――大丈夫?」
俺と玲子ちゃんは順調に仲良くなっていった。
話すだけでドキドキする。
姿を見かけただけで嬉しくなる。
玲子ちゃんはいつも俺の袖を掴んでくる。
その姿はとても可愛い。
放課後はいつもカフェでお茶をする。
週末は新宿御苑に行ったり、動物園に行ったり、玲子ちゃんの親父さんと飲んだりしていた。
……俺はどんだけ玲子ちゃんと仲良くなったとしても、絶対手を握らない。抱きしめない。告白をしない。
玲子ちゃんもそれに気がついているのかわからないけど、袖を触るだけだ。
絶対手を握ってこない。
――だけど信じられない程の俺への愛情を感じられる。
玲子ちゃんは残念そうに俯いた。
「そうね、仕方ないね。色々忙しいもんね! あ、でもクリスマスパーティーは楽しもうね!」
玲子ちゃんを悲しそうな顔にさせる自分がムカつく。
「ほんとごめん!! クリスマスパーティーは超楽しみだよ!」
玲子ちゃんは笑顔で頷いてくれた。
「――うん!」
多分、玲子ちゃんも感づいていると思う。
俺が俺じゃないって事に。
俺は完璧なはずだった。
だけどな……前の俺が凄すぎたんだよ……
だから俺は絶対玲子ちゃんに触らない。想いを告げない。
――それはお前の役目だろ?
(――――)
――くそっ。
俺はこころの中で悪態を吐いた。
クリスマスは天童家でパーティーを開いた。
呪いちゃん改め、『天童のん』ちゃんがクラッカーを盛大に鳴らした。
「祭りじゃ祭りじゃ!! 皆の衆楽しむのじゃ!!」
あの事件の後、呪いちゃんは親父さんと会った。
親父さんは呪いちゃんを見た瞬間泣き崩れてしまった。
死んだ奥さんにそっくりだそうだ。
そうして呪いちゃんは天童家の養子として、玲子ちゃんと一緒に暮らすようになった。
親父さんもこのパーティーに来ている。
「ほーらのんちゃん、写真とるよ〜! あ、いいね! その笑顔素敵!! ヤバいわ……のんちゃんマジ天使さん。――こらぁ何見てやがる!!!」
「ひぃ!?」
配膳係の子分共が青い顔して逃げていった。
楓が雫と一緒に笑いあっていた。
「あ、正樹。楽しんでる! ほらこのお肉美味しいよ!」
「うむ、このケーキも悪くない。玲子ちゃんが作ったみたいだぞ? ほら食え」
「言われなくても食べるから! ……まあ楽しそうでなによりだ」
楓は俺をしみじみと見た。
「あんた本当に落ち着いちゃったね〜。人助けもほどほどだしさ、玲子ちゃんとの仲も進展しているみたいだしね!」
無理の無い笑顔だ。
俺は思わず不思議そうな顔をしてしまった。
「あ、ちょっと何よその顔……そ、そりゃ私だって、正樹の事がす、好きよ……でもね、いいの。私はもう十分正樹から貰ったからさ。ふふ、結婚式は私がケーキを作ってあげるね!」
雫は肉を頬張りながら話に入り込んだ。
「むむ? 私も手伝うぞ? 多分私はコネ入社でエクセレントホテルに入るしな! ははっ!! ――あ!! あのイケメンさんがいた!! ほら私と玲子ちゃんをナンパから助けてくれた人!! 突撃せねば!!」
背の高いイケメンが俺にウィンクをする。
俺は軽く手を振って返した。
凄い勢いで雫がイケメンに迫る。
玲子はのんちゃんと一緒におしゃべりをしている。
その横で親父さんが写真を取りまくる。
子分がどんどん料理を運ぶ。
親父と俺の新宿の知り合いがパーティーにどんどん合流する。
――俺はこの光景を見て決意した。
俺は十分楽しんだ。
この世界を堪能できた。
だからもういいだろ?
そろそろお前の出番だろ?
いつまで寝てんだよ!!
お前が幸せにならなくてどうする!!
俺はお前じゃねえんだよ!!
玲子ちゃんを幸せにできるのは……悔しいけどお前しかいねえんだよ!!
俺は心の中で叫んだ!!!
(―――――!?)
きっかけが産まれればそれでいい……
いつまでもうじうじ自分を犠牲にしてんじゃねえよ!!
てめえは俺だ! だからそんな犠牲は俺が許さねえよ!!
俺の心臓がドクンと大きく鼓動した。




