代償
俺の身体から何かが消失していくのが分かる。
……耐えろ。まだ早い。
呪いを抱きしめる力を強くする。
――願え。
俺はコイツラと幸せになるんだ。
俺は全力で願った。
こいつを幸せにするんだ。
玲子とまた一緒に歩くんだ。
楓に二度と心配をかけないんだ。
やがて呪いが俺の身体の中に消えていく。
暗い闇の中で俺は一人になった。
身体がきしむ。
俺の力が抜けていく。
激痛がいつの間にか何も感じなくなっていた。
頭からなにかがこぼれ落ちる感覚だ。
――そうじゃない。俺も無事に戻るんだ!!
――忘れるな。
――玲子の体温……手のひらの暖かさ……柔らかい身体……無垢な心……触れ合った唇を……
――大丈夫。この気持ちがあれば……俺は……絶対に……
俺は深い柔らかい闇に飲まれていった。
***************
なんだろう? 頭と身体がとても痛い?
俺は身体を起こした。
見渡すと、そこは神社の中のようだった。
俺は自分の身体を確認すると、着衣がずたずたに破けていた……
金属片が俺の周りに大量に散乱していた。
――なんだ? 俺はまたなんかやったのか? うん? なんかってなんだ?
そして、俺の隣には倒れている女の子と、全裸の少女がいた……
――なんだこの状況は? 思いだせ……
何も思い出せない……
名前は? 住所は? 職業は? ……俺は誰だ?
圧倒的な負の感情が俺の中で渦巻く。
焦りと不安で心が押しつぶされそうになる。
(――一人じゃない……俺もいるぞ……今は任せる……)
一人じゃないってなんだ!? 俺は記憶が失ったんだぞ?
俺は一人、膝を抱えて呆然と座り込んでしまった。
突然背中に温かいぬくもりを感じた。
柔らかい……良い匂いがする……
それはとても懐かしくて……俺の心にやすらぎを与えてくれた。
胸の奥底からこみ上げて来るものがある。
俺はそれをなすがままに受け入れた。
「うおおおぉぉぉぉ……うぉぉぉ……ぉぉぉぉ……ぐっ……ひぐっ……」
わけもわからない達成感に包まれる。
ぬくもりの正体が肩越しに顔を出してきた。
さっきまで倒れていた女の子だ……
――ち、近い!?
俺の胸が飛び跳ねた!? 記憶喪失だけど今まで経験したことが無いくらいの衝撃だ……
綺麗というよりも可愛い。というか顔じゃない。なんだこの子は……
顔を合わすだけで心がドキドキする。
胸が温かくなる……
もうこの子の事だけしか考えられないなった。
これは……俺の初恋だ!!!
初恋の子が俺に泣きながら告げた。
「……ありがとう正樹。……ありがとう正樹」
俺の背中で泣きながら何度も繰り返していた。
――俺は正樹……そしてこの子と俺は知り合いのようだ。
俺の心が空気を感じ取る。
前の俺がどんなやつだったかわからんが、この子を泣かせちゃ駄目だ。
(――そうだ、演じろ! お前は甲賀正樹だ!!)
――分かった……
俺は無理やり記憶を掘り起こそうと試してみる。
…………わかんねーよ!? くそっ!
(――感情のままに動け。それだけで十分だ……)
俺は一目惚れの女の子に向き直って、優しく抱きしめてあげた……
(――そう……それでいい……)
いきなり神社の引き戸が開いた。
「――正樹!! 大丈夫なの!? あ、玲子ちゃん! よ、良かった……儀式は成功したのね……刀がバラバラに……」
大柄で胸が大きくてキレイな女の子が、俺の方へよろよろと歩いて来る。
その顔はぐちゃぐちゃに崩れていた。
だけどとても綺麗に見えた……
彼女からの愛情が伝わる。
――なんだよ……今度は胸が締め付けられる思いじゃねーかよ……
彼女は呟いた。
「あれ……裸の女の子……もしかして……呪いちゃん? ――本当みんな助けちゃったんだね……正樹は凄いな……」
呪いちゃんと言われた少女も起き上がりだした。
「う、うぅーん……ここはどこじゃ? あの世……ではなさそうなのじゃ……あ!? ま、正樹!! 大丈夫なのか!? 身体はどうなのじゃ!!」
三人の瞳が俺に集まる。
(――絶対悲しませるなよ)
――ああ、それだけは俺も理解できる。絶対記憶が失ったことは秘密だ!!
平気な顔をしろ。どうせ慣れているはずだ。
乗り越えろ!
俺は心からの笑顔を三人へ向けた。
「ああ、心配かけたな! 俺はもう大丈夫だ! ……良かった……本当に良かった……もうこれで……」
あれ? なんで俺泣いてるの? 身体が心に引っ張られる。
――ああ、もうどうでもいいや!! だって嬉しいんだよ!!
俺たちはひとしきり泣いたあと、一目惚れの子、玲子ちゃんの親父さんに報告会を開くことになった……
呪いちゃんはとりあえず楓さんのジャケットを羽織っている。
さっきから呪いちゃんの視線が痛い。
呪いちゃんが玲子ちゃんたちに告げた。
「玲子……先に行ってくれ。儂はすぐに後を追う。こやつと呪いの影響を少し話し合いたい」
「うん……わかったわ。お茶入れて待ってるね」
「茶菓子もよろしくなのじゃ!」
二人はおとなしく隣にある玲子ちゃんの家に向かっていった。
呪いちゃんが俺の方を向く。
「さて……正樹……主は本当に大丈夫なのか? 儂は信じられないのじゃ? ……これは奇跡に近い所業じゃ。儂がこの世界に生身の身体でいられるのじゃ……しかも身体から正樹の力を感じるのじゃ……」
――そんな事言われても俺はわからん。
「ああ、本当に大丈夫だ。ふう、本当にお前は心配性だな……俺に任せろよ! あ、俺バッグ取ってくるから先に行ってろよ! すぐ行くからさ!」
「……分かったのじゃ……正樹……本当にありがとうなのじゃ……」
呪いちゃんは照れくさそうに赤くして走り去っていった。
――さて。
俺は自分のバッグを見つける。
――多分これだろう。神社に似つかわしくないバッグ。
心に赴くままに行動した。
俺は自分のバッグから一冊の分厚いノートを取り出した。
――これか……どれどれ。
ページをめくるとデカデカとした文字が書いてあった。
『もしも記憶喪失になったら読め! 全て頭に叩きこめ!!』
どうやら前の俺はイカれた男だったようだ……




