すれ違う思い
「あら、正樹君……なんか雰囲気変わった? ふふ、更にイケメンになってない?」
新宿二丁目のバーで俺は飲んでいる。
もちろんソフトドリンクだ。
俺の隣にいるこいつはここら辺一帯を仕切っているチームの頭だ。
殴り合いから始まって、高校の時からの付き合い。
「ああ、そうだな……生きるって決めたんだよ」
涼しい顔をしたコイツは嬉しそうに笑った。
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃん? あんたと初めてあった時と大違いね……」
俺が一番荒れていた時のことだな。
「まあいいわ。何かあったら飛んでいくからね! すぐ連絡頂戴よ!」
「ありがとう」
俺は店を出ることにした。
新宿の夜の街を歩きながら一人考える。
本当に呪いを回避することができるのか?
本当に呪いごと助ける事ができるのか?
――やるしかないんだ。それがみんな幸せになる道筋だ……
もう二度と玲子を悲しませるな。
もう二度と楓を泣かせるな。
――もしも失敗したとしても……後は任せるぞ。
(――わかったのじゃ……だが本当にいいのか? もしも失敗したら……玲子達のお主に関する記憶を奪ってしまって)
――ああ、そいつは保険だ。俺を信じろ。
(――儂だけ消えれればいいのじゃが……儂ができる範疇を超えているのじゃ……すまん)
――なんども言わせるな。玲子の記憶が全部戻れば糸口が見つかるだろ?
(――まだ時間はあるのじゃ。……この世界は呪いに満ちているのじゃ。儂が暮らしていた時代と比べ物にならん。……悪魔の様な人間がこんなにも多いとは驚きなのじゃ)
そうだな。
この世界は優しくない。
他人を攻撃することで自分の存在意義を見出す者。
正義という名の元で集団で個人を叩き潰す。
異常犯罪の多発。
子供を殺す毒親。
狂ってる。
俺は玲子と楓を守れるならどんな事でもしてやる。
クラスの雰囲気が変わった。
玲子と委員長がクラスの中心として回っている。
以前の俺はそれを見守るだけで満足だったが、今は違う。
「おはよ! 今日も玲子は可愛いな!」
「ちょ、ちょっと!? あんたこんなところで何言ってるのよ!?」
焦った玲子も可愛い。
俺は自分の感情を一切隠す事をやめた。
玲子と昔の様に接することにした。
――玲子の記憶は完璧に戻ってない。俺が接する事で玲子の記憶は戻り始めた。……だから今は玲子とこうやって過ごすだけしかできない。
「ははっ!! いいだろ? 五年ぶりなんだからさ!」
俺は玲子の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
玲子は怒ったフリをして俺に甘えてくる。
「もう! ちょっと止めなさいよ……」
そんな事をしていると楓がちゃちゃと入れてきた。
楓はお母さんの様な顔つきで俺たちを諌めた。
「はぁ……あんたら毎日毎日飽きないわね……いちゃいちゃもほどほどにしなさいよ。……私だって正樹といちゃいちゃしたいんだからね……」
楓が微笑を浮かべながら俺に体当たりをしてくる。
これが幸せな生活なんだろう。
俺はこれを守るために生き残るしかないんだ。
玲子と過ごす日が本当に増えた。
玲子の自宅へ行って呪いについて調べたり、各地で起こった呪いによる被害を調べたり、変な占い師に相談してみたり……
結局は全て空振りだったわけだが、俺の玲子の距離は確実に縮まっていった。
今も玲子と一緒にカフェでお茶をしている。
「うーん……どうすればいいのかな…………あ、ここにも行ってみようか? なんか霊能力者の先生が除霊してくれるんだって」
「胡散臭いな……ちょっとこれはやめよう……こっちはどうだ?」
「ちょっと……これってディスティニーランドじゃん!? ちゃんと真剣に探してよ!」
玲子がぷんぷんする。
「ははっ、ちゃんと真剣だよ。俺は玲子と一緒にディスティニーランドに行ってみたいよ……」
玲子の顔が赤くなってしまった。
「ば、ばか!! ……そ、そりゃ私だって……正樹君と一緒に行きたいけど……」
「お、じゃあ決まりだな! えーっとそろそろ夏休みだから時間はたっぷりあるしな! あ、悪い楓から連絡がきた。ちょっと失礼……」
俺はスマホを片手に席を立った。
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私は小さな声で呟いた。
「……ばか……あんたもう時間がないじゃん……私だってディスティニーランドに行きたいよ……」
顔を強く叩く。
「よし! 暗い考えは止めるわよ。……正樹君には生き残ってもらわなきゃ……私はどうなってもいいから……」
私は箱根の時に呪いに聞いてみた。
『私に乗り移ってよ! 元々は私の呪いでしょ!?』
『すまんのじゃ。乗り移れない事はないが、その場合玲子は一瞬で死ぬのじゃ……正樹は特別なのじゃ。正樹だから五年耐えられたのじゃ……正樹が悲しむ事はしたくないのじゃ……』
そう呪いは正樹に嘘を付いた。
乗り移れない事はない。ただ、一瞬で死んでしまって正樹が悲しむから出来ないだけ。
でもそれで正樹が助かるのなら……
――だって私はもう記憶を取り戻しているもん。この呪いを回避する方法の糸口なんてなかったわ。私の家が代々受け継いできた罪の精算の儀式。どんな事をしても回避出来ない。
正樹は人としての存在力が高かったから呪いに抵抗出来た。
だけど……私じゃあ無理なのよね……
この事を知っているのは楓と委員長だけ。
正樹は未だに私の記憶が戻っていないと思っているわ……
今なら私が書いたポエムの意味が分かる……
私は正樹に恋をしていた。
私の初恋だった。
好きで好きで仕方なくて……いつも正樹の事だけを考えていたわ。
箱根の正樹が泣き崩れた日……私の記憶は戻った。
正樹の事が愛おしくて愛おしくて……そして私をかばって命を失うことになるなんて……
悲しみで胸が張り裂けそうになったわ……
楓と雫がそばにいてくれた。
だから私はこの悲しみを乗り切る事が出来た。
――楓には抜け駆けしないでねって言われてるけど……私は正樹に生きてほしい。
絶対死なないで欲しい。
今度は私の番よ。
正樹の呪いを私に返してもらうわ。
……正樹は楓と幸せになってくれればいいの……だって楓はとっても良い子で可愛くて……正樹にピッタリの娘なの。
正樹がいた席に黒いモヤが発生した。
モヤは形作らない。
私はモヤに呟いた。
「私の家の神社でもう一度契約を結ぶわよ……いいわね……」
黒いモヤは頷いているように見えた。




