剥がれた仮面 覚醒
俺は玲子の部屋の真ん中で正座をしている……
何故だろう? 俺が泊まっている部屋と同じはずなのに、甘い良い匂いがする。
俺はそんな事を考えながらパジャマ姿の玲子達を見た。
正直目のやり場に困る……
ていうか、なんで俺はここにいるんだよ……
全身を覆うような熊さんパジャマを着込んだ玲子が口を開いた。
「正樹、ちゃんと話をしよう。私の事、正樹の事、これからの事……」
格好とは裏腹に声は真剣味を帯びている。
薄いショーツのような寝間着を着たセクシーな委員長と、高校の頃のジャージを着た楓も頷いた。
委員長が用意してくれたコーヒーを飲みながら俺は玲子の話を聞くことにした。
「私は正樹といると、頭の中から変な声が聞こえてくる。妙にほわほわしているのに意思が強い声……これは……記憶を失う前の私の声だ。そして、その声がいつしか違和感がなくなり、少しずつ失った記憶を思い出していった」
――やっぱり記憶が戻っているのか? これは俺のせいか?
玲子は俺の顔を見ると即座に否定した。
「正樹……記憶が戻る事は悪いことじゃないよ? だって、正樹と病院で過ごした楽しい時間を思い出せたんだもん!」
――あ……そこまで思い出せたのか……
「感情が高ぶったり、自分の意識がなくなるほど記憶が一気に流れ出すの……まるで違う自分がそこにいるみたいになるの……」
「それは……俺の事を【正樹君】って言っている時か?」
「そうよ……正直自分に嫉妬しちゃうわ……私、全然正樹の事知らないのに、記憶の自分は何でもお見通しだからね……この学校に入った意味も正樹と再会するためだったのよ……」
玲子が佇まいを直した。
「正樹……君。改めてお礼を言うわ。……ぐすっ……ぐすっ……出会ってくれてありがとう……私の事を守ってくれてありがとう……正樹君がここにいてくれて……ありがとう……」
俺は自分の感情が制御出来なくなってしまう。
初恋の玲子が俺を認識してくれた。心が爆発するほど嬉しい事だ。
ばか! 喜ぶな。これはいけない事だ!
俺と関わったら悲しみが増すだけだ。
ここはいつも通りチャラいキャラを演じてやりきれ。
玲子達を騙しきれ、自分の心を偽れ。
俺はもう大丈夫。
多少筋書きと違ったけど、このまま消えればみんなの傷が浅いまま終わるはずだ。
「あははっ! 玲子ちゃん、勘違いし……!?」
楓が俺の頬を叩いた。
楓が自分の手を押さえていた。
「……ばか……もういいのよ……あんたが私達を遠ざけている理由はもう知ってるわ……」
玲子が悲しそうな表情で俺の後ろを見た。
何もないはずの空間。見える人にしか見えない黒いモヤ。
「……正樹君の余命は……あと一年なんだよね? 私の命と引き換えに……」
――なんでだ? なんで知ってる? 俺は隠していたはずだ。俺だけがこの苦しみを分かればいい……どうして?
俺は動揺してしまった。仮面がうまく被れない。
俺は新宿で有名なチャラくて遊び人で適当な男。
たまに誰かのために頑張るけど、それは八つ当たりみたいなもの。
弱い俺を隠せない。
こいつらの前では仮面を被ってなきゃいけないんだ!
「違う……違う! 俺はそんな優しい男じゃない! 玲子に近づいたのだって下心があったからだ! 楓にだって冷たく当たってる! 委員長の妹を救ったのも気まぐれだ! お、俺は……余命一年なんかじゃ……」
「正確には余命十ヶ月じゃ……正樹、こやつらは真剣じゃ……ちゃんと話を聞くんじゃ……」
俺を後ろから抱きしめるように呪いが出現した。
「はは……ははは……今までの俺の苦労は水の泡か……」
玲子が悲しそうに胸を押さえていた。
楓も泣いている。
委員長は比較的落ち着いていた。多分身近な人の死が迫っているのを経験したことがあるからだろう。
呪いは俺を慰めながらゆっくりと喋る。
「正樹……お主は玲子だけでは無く沢山の人を救ったのじゃ。そんな正樹を……儂は気に入っておるのじゃ。……儂は正樹のおかげで自分の自我をもらえたのじゃ……とっても楽しい生活だったのじゃ。正樹は自分が傷付くのを顧みず、他人を救い、時には騙されて、時には感謝され、時には救われた事自体認識されず……それでもお主は人を救い続けたのじゃ」
呪いは俺の膝の上に乗ってきた。
「ふう……やはりここが一番落ち着くのじゃ……。お主が幸せにならなくて誰が幸せになるのじゃ? ……儂はずっと考えていたのじゃ。どうすれば儂が正樹を殺さなくて済むのか? どうすれば儂だけ消える事ができるのか?」
「お主の存在力は人間離れしているのじゃ。でなければ儂の事を認識することなんて出来ない。呪いを乗り移らせる事なんてできないのじゃ……」
「……結局、儂一人では答えは見つからなかったのじゃ……だから、儂はこやつらに頼る事にしたのじゃ!!」
膝の上にのった呪いは身体の向きを変えて俺と相対する。
キレイな顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「正樹! 諦めちゃだめなのじゃ!! どうにかして儂を消す方法を考えるのじゃ!! ここに玲子がいるのじゃ! 儂は生贄の時の記憶とお主に乗り移った記憶しかないのじゃ。だから……初めに取り付いた玲子と一緒に儂のルーツを探るのじゃ! ……くっ……そろそろ力が持たない……ま、正樹……儂は……正樹が……大好……のじゃ……」
呪いの少女は霧散して俺の中へ消えていった。
胸の奥でどす黒い何かが戻ってくるのが分かる。
呪い。
俺と四年以上一緒に過ごした存在。
いつの間にか俺の中で大切な存在になっていた。
毎日一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入り、一緒にゲームをして、一緒の布団で眠る。
俺の心が荒んだ時、俺が仮面を被っている時、俺が悲しみに明け暮れている時……
いつもそばにいてくれた……
――そうか……そういう事か……わかったよ……目が覚めたよ……
俺はボソリと呟いた。
「……みんな……俺の余命は後十ヶ月だ。……後悔はしていない。俺の大切な……玲子を守れたからな。……でも謝らなければいけない。俺が消えることによって、みんなが傷つき、悲しむ……それを少しでも軽減できればと思っていた」
みんな真剣に聞いてくれる。
「……すまん。俺は逃げていた。自分の状況に酔っていたのかもな? あのガラス工房で泣いた時、自分の弱さを理解できた。……俺は弱い奴だ」
俺は目を閉じる。自分の心に問いかける。
――弱い自分でも救えた人達がいた。
――俺を慕ってくれた奴らが新宿にいる。
――俺の帰りを待ってる奴らがいる。
――俺の事を……好きでいてくれる娘達がいる。
――俺を大切に想ってくれる……呪いがいる。
――だから……
――だから、俺は……
俺は目を開けた。
胸の奥にあった苦しみが霧散する。
呪いが喜んでくれているのが分かる。
俺の心の仮面が崩れ落ちる。
身体から力が溢れ出る。
「だから俺は……今度は自分を救ってやるよ!! もうお前らを悲しませたくない! 絶対生き残ってやる! 俺は……俺は……こんな幸せな生活を続けるために……足掻いてやる!」
玲子と楓が手と手を取り合って泣き出してしまった。
「あっ……」
「ま、正樹……」
委員長が二人を支える様に包み込む。
「玲子、楓、ついでに委員長。心配かけて悪かったな! 俺は自分に素直になる事にした。これから一杯迷惑かけると思うがよろしくな!」
玲子と楓は泣きじゃくりながらこくこくと頷く。
委員長は柔らかな笑みを浮かべていた。……ちょっと委員長良い女過ぎない?
俺は自分の胸を強く、強く叩いた。
「……それと、呪い!!」
「俺はお前を消したくない! どうせならお前ごと救ってやるよ!! 絶対消えるな! 覚悟しておけ!!!」
(――ま、正樹……ぐすっ……ありがとうなのじゃ……)
――ここからが俺の本当の物語の始まりだ。




