恋をすると身体が軽い
……俺の余命はあと一年弱だ。
これは現代医学でも覆せない事実。
病気じゃない。だから治せない。
これは俺が大切な人を救った証だ。
俺が全て引き受けた呪い。
俺は後悔していない。
俺が犠牲になるだけで、あの子が助かったのなら……
俺は中学の頃、交通事故にあってしばらく入院した。
正直骨折程度で入院かよ……って思ったけど、この入院が俺の人生を変えた。
俺は病室の空気が好きじゃなくて、良く散歩をしていた。
裏庭のベンチが好きだった。
そこで初めて天童玲子と出会った。
ぼけーっとした顔で俺がいつも座っているベンチで日向ぼっこをしていた。
背筋に衝撃が走った。
一目ぼれだった。
顔が良いとかじゃない。心に刺さる何かがあった。
内気だった俺は一心不乱に、どもりながら玲子に話しかけた。
ほわほわした女だった。
話すとこっちもふわふわしてくる。
心が落ち着く……
俺と玲子はベンチで話すのが日課になった。
入院生活が薔薇色に変わった!
……その日も俺はウキウキしながら玲子とベンチで話していた。そしたら、玲子が黒いモヤに包まれていきなり倒れてしまった。
看護師さんや先生が慌ただしく玲子の処置をしている間、俺は頭の中で疑問が湧いて出た。
――玲子から出た黒いモヤはなんだ? あれが出た瞬間玲子が倒れた……
俺はその夜、こっそり玲子の個室まで忍び込んだ。
そこであり得ないものを見てしまった。
――多分ここからなんだろうな。俺の本当の人生が始まったのは。
俺は体験したことのない、未知の世界に足を踏み入れた。
そして、その代償として俺は余命が五年となる……後悔はしてない。
――俺が生まれて初めて惚れた女。
――俺の命に代えても助けたかった女。
――呪いを背負った女。
俺は呪いを玲子から奪い取った。
そこから俺は変わっていった。
昔の俺は内向的で、友達も少なくて、うじうじした奴だった。
でも、あと数年しか生きられないと思った時……人の目を気にしなくなった。
人を助けてあげたいと思った。
自分にできる事があったらどうにかしたいと思った。
俺はどんな事も率先してする事にした。
くだらない学校の行事も、家業の手伝いも、友達の恋愛相談も……
人と関われば関わるうちに、俺は自分が成長していくのがわかった。
いつしか人は俺の事を「おせっかいリア充」と呼ぶようになった。
そう、俺はリア充になれた。
余命一年だけどな!
俺は学生が大勢いる街、高田馬場を歩いている。
ここには俺が通っている学校があるからだ。
俺の家業は洋菓子屋だった。
俺の身内はもうこの世にいない。
余命まで生活する遺産がある。
俺は自分が死ぬまでは普通に生きようと思っていた。
じゃないと精神がもたない。
でも死ぬ時の事を考えて、無駄な物をなくす。
――俺の死因ってどうなるんだ?
俺の前に黒いもやが現れた。これは俺にしか見えない。たまに見える人もいるみたいだけど……
……で、こいつが呪いだ。
普通に俺の頭の中で喋ることができる超常現象だ。
ぶっちゃけ、傍から見たら頭おかしいよな。
(――心臓の発作じゃ。だが、お前が願えばこの世から存在を消すことも可能じゃぞ?)
――そうか。まだ一年あるぜ! 色々考えさせろよ。
(――ふん、全くポジティブな小僧じゃ)
黒いもやが霧散した。
どっか遊びに行ったな。くそ、俺も遊びに行きたいぜ。
俺は子供の頃、パティシエを目指していた。
もちろん家の影響だ。潰れちまったけどな。
だからいつか自分でお店を持って、みんなに喜ばれるお菓子を作れる様になりたいと思っていた。
……その夢は叶わなくなっちゃったけど、俺は自然とこの製菓学校に進学を選んだ。
通学路を歩くと、見知った顔の女子同級生たちが声をかけてくれる。
「おはよー!」
「あ、正樹君だ! ねえねえ、今日って実習何?」
「ふわぁ……あ、正樹! おはよ!」
製菓学校の8割は女子である。
必然的に女子の友達が多くなる。俺は適当に返事を返す。
いきなり俺の背中に衝撃が来た。
俺は後ろを振り向くと、そこには膨れた幼馴染水戸部楓が突っ立っていた。
「……おはよ。相変わらずちゃらちゃらしてるわね。ふん!」
「おう、楓! 友達と仲良くすることは大事だぜ!」
俺は再び歩き出した。
幼馴染も自然と俺の隣に来て同じ速度で歩く。
両親が死んだ時、こいつの家にはお世話になった。
ぶっきらぼうできついけど、優しい幼馴染だ。
「ちょっと、正樹。あなたまた変な事に首突っ込んだでしょ? ……その傷」
幼馴染は俺の袖をめくり、腕に巻いた包帯を見とがめた。
相変わらず勘がいいというかなんというか……
「ははは! かすり傷だ。大丈夫、もう問題も解決したし!」
幼馴染はため息を吐いた。
「はぁ……あんたね……毎回毎回お人好しなんだから……私の時もそうだったけどさ……」
「あれ? なんだっけ? わすれちゃった!」
「……全く、なんでいつも距離を置くのよ……しかたないわね、学校行くわよ……」
そう。こいつの時はひどかった。
こいつは見た目がとても綺麗だ。しかもナイスバディの超巨乳だ。そのせいでストーカー被害にあってしまった。
警察は事件が起きるまで真剣に動いてくれない。
だから、俺が無理やりこいつと付きあう振りをして、犯人のヘイトを俺に向かうようにした。
俺を待ち伏せしていた犯人は俺に包丁を突き付けた。
俺は抵抗なく刺さることにした。
これでやっと警察が動いて、犯人を逮捕してくれた。まあ殺人未遂だから。
丸く収まったね!
こいつに「あ、あんたバカじゃない!?」って泣きながら怒られたな〜。
あれは高校二年の頃か……懐かしい。
俺の余命はあと一年もない。
製菓学校に入学して三週間、そろそろゴールデンウィークに突入する時期だな。
――来年の三月三日、ひな祭りのおめでたい日に俺は死ぬ。
遺産は姪っ子にでもあげるか!
そろそろ遺書書くかな?
製菓専門学校の授業は面白い。
座学もあるけど、大半はお菓子を作る実習作業だ。
授業は一コマ一時間半で区切られている。
一日四コマ授業を受ける。なかなかハードな内容だけど、高い学費を払っただけあって、授業の質はとても高い。
お菓子が好きな生徒たちは大喜びだ。
生徒たちは六人一グループになって作業を進める。
俺はクラスの一番隅にいる生徒を見つめた。
その生徒は同級生たちが必死に実習を行っている中、一人スマホをピコピコいじっていた。
まだこの学校に入って三週間。
なのに誰ともかかわろうとせず、友達も作らず、なぜかお菓子にもあまり興味がない生徒であった。
担任の先生が注意すると、仕方なく作業を始める。
でも、同じグループの子たちは邪魔もの扱いをする。
時間が経つとまた元の定位置に戻ってスマホを弄っていた。
天童玲子。
病的に白い肌で、暗い表情だ。
笑えば綺麗なのにいつも眉間にしわが寄っている。
華奢な身体は今にも風に飛んでいきそうだ。
俺は入学してビビった。
まさか俺が救った玲子と同じクラスになるなんて……
玲子は俺の視線に気が付いた。
そして俺を……汚いものを見るかのように睨み返した。
俺はグループの子に一声かけて、玲子の所へ近づいた。
あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「や! 元気? 実習苦手かな? 俺は大好きだけどな! ねえ天童さんってどこ住んでるの?」
天童は顔をスマホに落としたままぼそぼそ喋った。
「……リア充……うざい……きえろ……」
はぁ……仕方ない……
「うん! またね!」
天童は顔を上げて、俺を睨みつけて舌打ちをした。
「……ちっ」
俺は一目散に撤退をした。
玲子は呪いから開放された時、記憶を失ってしまった。
だから俺は玲子の重荷にならないよう、玲子と会わないようにしていた。
――まさか製菓学校に入学するとは思わなかったな……
しかも、何故だかわからないけど、あんなに素敵で可愛かった天童が変わってしまった。
俺はこの事実に吐き気を催した。
俺は自分の命を使って惚れた女を助けたはずだった。
……なのに、全然幸せそうじゃない!
くそっ! 俺は誓った。
俺の幸せなんてどうでもいい。
でもこいつだけは幸せにしたい!!
絶対この一年間で玲子をリア充にして、幸せな生活を送れるようにしてやる!!!




