08 特殊能力 Unique Skills
窓から差し込む優しい光。
聞こえてくる小鳥のさえずり。
すがすがしい朝だ。
俺達はあの後新しい住居に案内され、色々とあったせいか疲れ果ててすぐに眠りに落ちてしまった。
起き抜けで寝ぼけている俺の頭を瞬く間に覚醒させた3つの出来事がある。
まず1つ目。
俺の頭が良くなっている。
俺は目覚めた時、起き抜けの頭で今日が何年何月何日かと考えた。
だが、すぐに異世界に転移したことを思い出し意味のないことだと思った。
その時気付いた。
それまで元号なんて明治、大正、昭和、平成くらいしか知らなかったはずなのにそれ以前の元号がすっと頭に思い浮かぶ。
それどころか令和とか平成以降の元号も俺の知識にある。
これがDNAストレージ『トト』とかDNAコンピュータ『グラウクス』とかの恩恵なのだろう。
そして2つ目。
ベッドの脇にメイド姿の女性がいた。
「初めましてご主人様。
私は天神誉様とその妹弥様の身の回りのお世話をさせていただくマーガレット・ニューリーフと申します。
宜しくお願いいたします。」
「それはわざわざご丁寧にどうもでございます!」
不思議な敬語になってしまった。
そして3つ目。
メイドと逆のベッドの脇に日本刀を構えた男性が立っていた。
切っ先は俺に向けられている。
「おい、お前。なぜここにいる?」
以前の俺なら状況を理解するのに時間が掛かったであろうが、今はナノマシンのおかげか寝ぼけることもなく頭が回転する。
「なぜここにいるかって?ここが俺達の住居だと連れてこられたからだよ。」
刀を構えているということは尋問かそれに準ずる状況なのだろう。
刺激しないように冷静に答えた。
「なんだと?どこかの国のスパイか何かだろう?」
なぜそんな疑いが掛けられているんだ?
俺何かしたっけ?
「ガイアから来た人間は魔法を使えない。
お前の体からは魔素が感じられる。
故にテラの人間であることは明白。」
魔素?俺から?
俺は自分の両掌を見つめた。
掌の周囲の空間に目に見えない揺らぎを感じる。
これのことか。
いや、掌どころか俺の体中から感じられる。
「おおおおおおお!なんじゃこりゃ。」
男の方に目をやると男の周囲からも揺らぎを感じる。
「ん?そっちからも感じるぞ?」
「俺は特別なんだよ。
俺はガイアから来た人間だが、魔法を使える特殊能力を獲得している。
故に魔素感知の魔法にてお前の存在に気付いてここに来たわけだが。」
「ということは!
俺も同じように魔法を使える能力が備わっているのか!?」
男はふぅと一息つくと刀を収めた。
「どうやらそのようだな。
スパイが普通にパジャマ着て眠っているはずもないか。」
男が俺をまじまじと見つめる。
「ということは、お前が昨日来たという新入りか。
日本人だと聞いていたがナヨナヨしておるな。
ちゃんと鍛えていたのか?」
「いやいや!なぜ日本人は皆鍛えてる前提なんですか!?」
深い青い色の髪で国籍は全然分からないが、日本刀を持っているあたり日本人イコール武士とかいう先入観もっちゃってる外国人さんか。
「俺も日本人だからな!」
日本人だった。
「父が武士だったのでな。
俺も幼いころから日々研鑽を重ねておった。
日本という国はいわば武士が築き上げたといっても過言ではない。」
そういう時代から来た人か。
そうなら俺は軟弱に見えるだろう。
「それなのに明治になってからは廃刀令だの文明開化だのと武士は次第にないがしろにされていった。富国強兵だのと言って軍隊に西洋武術を取り入れたり、軍の食事にも西洋の食い物をだなぁ・・・・」
長くなりそうだ。
ていうか、髪の毛青く染めてんじゃん。
男は自分で愚痴っぽく語りだしたことに気付いたのかコホンと一つ咳ばらいをした。
「俺は八重森征十郎。
この町の警察機関『リエス』の責任者を務めている。宜しく!」
警察?
そういう組織があるってリズが言ってた気がする。
マシューも警察の一員だったはず。
「俺は天神誉です。
八重森さんのいた時代の男子のような逞しさはありませんが日本人です。
宜しくお願いします。」
「いやいや、気骨稜々とした若者であると聞き及んでおるぞ。
魔王に喧嘩を売ったそうじゃないか。」
「売ってません!」
そういえば成り行きでとんでもなく面倒なことになってしまった気がする。
魔王と聖アリシア教の信徒達の仲裁。
改めて考えてみると無理ゲーとしか思えない。
一方的に決められたが放棄すればただじゃ済まないのだろうな。
なんせ魔王だから。
あれだけの爆撃で無傷のマモン、粉々になっても体を再構築するベルゼブブ。
それだけしか目の当たりにしていないが、特異であることは間違いない。
「成り行きとはいえ受けちゃったものはどうにかしないといけないですね。」
「ふむ。聖アリシア協会がニッツナーンの町にある。
行くときには声を掛けてくれ。
町の外に行くときには警察の者が同行する決まりになっている。」
それは心強い。
「ぜひともお願いします!」
「それから魔法についてだが、この町で魔法が使えるのは俺とお前の2人だけだ。」
「激レアですね!」
「そうだな。
他のスキルについては似たような系統のものはあるが、魔法については実に稀有だ。
つまり、魔法についてレクチャーできるのは俺だけだということだ。
基本的なことを教えるので後でリエスまでくるといい。」
いきなり師匠ゲット!
これは華麗な魔法を行使する楽しいRPG生活が満喫できるのでは!
「ビシバシしごくから心しておけよ!」
そう言うと八重森は高らかに笑いながら部屋を出て行った。
武士式のしごきか。
ちょっと怖いかも。
「ご主人様、宜しいでしょうか。」
おっと!いるのを忘れていた。
「私はメイドロイド。人工生命体です。
型式はMD-009、シリアルナンバーはMG100290141でございます。
MD-009でもマーガレットでもお好きな方でお呼びください。」
「待て待て!人工生命体?
この町にはそんなテクノロジーまであるのか!?
ていうか普通の人間にしか見えないぞ。」
「ナノテクノロジーにより人間の皮膚や毛髪を完全再現しております。」
これが作り物?
普通に柔らかそうな女の子の皮膚だ。
ちょっと触ってみたい。
人工生命体ってことはロボットってことだよな。
触っちゃっても大丈夫なのかな?
「ちなみに、邪な考えを抱いた状態で私に触れますと、ナノマシンによる懲戒システムが作動し、全身に電撃に似た激痛が走りますのでお気を付けください。」
読まれてた。
「今、私の方へと伸ばしてかけていた手を躊躇されたということは、邪な考えを抱いておられたのでしょうか?」
ごめんなさい。許してください。
「さて、今日はお二人に町を案内することとなっております。
リズ様から昨日はあんなことになってしまってろくに案内できなかったからと仰せつかっております。」
そうだな。
まずはここのことを色々と知っておかないとだな。
「と、その前に、八重森さんに説明してくれていたら変な誤解されなかったんじゃないのか?」
「私には魔素を感知する機能は備わっておりませんので。」
なるほど、もっともだ。
「では、弥様にも声を掛けてまいりますね。」
マーガレットが弥を呼びに行こうとしたその時。
バキィッ!
絵に描いたような破壊音。
なんだ?
魔獣の襲撃か?
また、魔法による爆撃とかそんな感じか?
この部屋に近付いてくる足音が聞こえる。
その足音は部屋の前で止まった。
思わず身構える。
バキィッ!
先程の音再び。
そしてドアノブがぼとりと落ちドアが開いた。
「お兄ちゃ~~~ん」
弥だった。
その両手にはドアノブが1つずつ握られていた。
「壊しちゃったよぉ。」
困ったような、申し訳なさそうな顔をしている。
どうやらドアノブを壊してしまったようだ。
「脆くなってたのか?」
「そんなはずはありません。ナノマテリアルで作られておりますのでそう簡単には壊れないはずです。」
ナノマテリアル。
昨日の爆撃の後の町の建造物はほとんど被害がなかった。
同じような素材で出来ているのなら弥の力で壊れるとは考えづらい。
「でも、実際今壊れたぞ。」
「そうですね。腕力向上等の身体能力が向上する特殊能力を獲得されたのかもしれませんね。」
突然そんな能力に目覚めてしまってコントロールできていないといったところだろうか。
今のを見た感じだとこいつを怒らせると命の危機に晒されるかもしれない。
気を付けないとな。
「あれ?メイドさんだ。」
「初めまして。お二人の身の回りのお世話をさせていただくマーガレット・ニューリーフと申します。宜しくお願いいたします。」
「この子はメイドロイドっていう人工生命体だそうだ。」
「へぇ、すごーい。
お兄ちゃん、メイドロボだからって変なことしちゃだめだよ!」
俺はそういうイメージなのか?
悲しいぜ。
「私の体をいきなり触ろうとなされましたが未遂でした。」
ちょっといきなり何言ってんの!?
「お兄ちゃん!!」
「ノーっ!!!」
弥の超烈な愛のハグにより俺の骨はバキバキにされた。
が、1時間程で完治した。
ナノテクノロジーの凄さを色々と体験できたすがすがしい朝であった。




