06 魔王 King of Darkness
「キミ達の住むところは用意してあるよ!
町の案内をしながら連れて行ってあげるね!」
俺と弥、そしてスケサンはリズに連れられ用意してあるという家へ向かっていた。
すれ違う人々は実に様々な人種が入り乱れていた。衣装も時代、民族、ごっちゃまぜな感じだ。
そしてゴブリンも多い。
ゴブリンは不思議なくらいイケメンばかりだ。
「もう少し行くと美味しいカフェがあるんだ。」
近代的な建物の間に伸びる幅広な石造りの道を進んでいくとオープンテラスのカフェが見えてきた。
「この町にもいくつか決まり事があってね。
カフェでそういった事も教えてあげるよ。」
カフェにつくと他に客はいなかった。
俺達がテーブルにつくとリズはテーブルの上にあったタブレットを俺達に向けた。
見たこともない文字が並んでいる。
だが書いてある内容は理解できた。
ホットコーヒー、アイスコーヒー、カフェオレ、ミルクティー・・・。
一般的なカフェのメニューが並んでいる。
不思議な感覚だ。
「ここに書いてあるのはトノウェイ語。
この町の公用語だよ。
今のキミ達なら読めるはずだよ。
DNAコンピュータ・グラウクスをインストールすると、トトのデータから優先的にトノウェイ語を習得するようにプログラムしてあるん
そう言ったリズの言葉は聞いたこともない言語であった。
だが、トノウェイ語であることが分かる。
内容もまるで日本語を聞いているかのように違和感なく理解できる。
「なんなのこれ?すごい。」
弥がトノウェイ語で驚いている。
ほんのわずかな時間で未知の言語を習得してしまった。
本当にすごい技術だ。
「さて、注文しようか。
おすすめはフレンチトーストだよ。
食べるよね?」
リズはコーラフロート、俺はカフェオレ、弥はミルクティー、スケサンにはホットドッグ10人前、そしてフレンチトーストを3人前注文した。
「じゃあ、まずは決まり事についてだけど・・・」
リズがそう言いかけた時、遠くから地鳴りのような音が猛烈なスピードで近付いてきた。
その音の主は俺達のテーブルのすぐ近くで停まった。
バイクであった。
いや、よく見ると俺が知っているバイクとは似て非なるものであった。
タイヤが前後に2つ付いているが、車体は金属ではなく鉱物のような質感をしている。
2つのライトとゴツゴツとした突起のあるフロントカウルは竜の頭部のようにも見える。
この世界に来てから乗り物と言えばスケサンかゴブランジェロしか見ていなかったから、若干不思議な様相ではあるが、こういった機械的な乗り物は新鮮だ。
このバイクには2人の人物が乗っていた。
運転していたのは全身いぶし銀の光沢のあるメタリックなライダースーツに身を包み、昆虫を連想させる大きな赤い複眼に触覚と、まるで特撮ヒーローのような姿をしていた。
後ろに乗っていたのは長い水色の髪をした幼い少女であった。10歳よりも幼いくらいであろうか。
真っ黒なローブを纏っており、両手の指十本全てには似つかわしくないゴツゴツした指輪をはめていた。
この少女の額にも短いが触覚が生えていた。
「お嬢ちゃん。それは何かのコスプレかい?」
俺は何気なく少女に問いかけた。
「うぁ、ちょっ・・・」
リズが青ざめている。
しまった。
何も考えず思わず初対面の幼女に声を掛けてしまった。
幼女を見ると見境なく声をかけるロリコンだと思われてしまったのだろうか。
違う!違うぞ!俺はそういう趣味は・・・
「ごめんね。
お嬢ちゃんの格好がユニークだったから、つい気になって声をかけてしまったんだ。
お嬢ちゃんに危害を加えようとかそんなつもりはこれっぽっちもないからね。」
我ながらフォローになっていない。
それどころか怪しさが倍増した気がする。
「貴様、わらわを愚弄するか?」
そういう口調のキャラのコスプレなのだろうか。
しかし、表情が険しい。
怒っている?いや、警戒しているのか。
ここは誤解を解かなくては。
幸いにもジャケットのポケットには昨日買ったグミが入っていた。
買ったことをすっかり忘れており未開封。
「お嬢ちゃんこれをあげるから機嫌なおして。」
知らない幼女にお菓子を渡し機嫌をとろうとする。
まさに危ない人。
しかし、効果はてきめんであったようだ。
「それをわらわにくれるのか!?」
めっちゃ食いついた。
グミの袋を渡すと早速開けて食べ始めた。
「おおおおお。
このような食感は初めてであるぞ。
ふむ。これに免じて先程の無礼は許すぞ。」
ご満悦のようだ。良かった。
「ベル、我にも一つ。」
昆虫ライダーが幼女にグミをせがんだ。
「やらん。わらわがもらったのだ。」
昆虫ライダーは素直に諦め肩を落とした。
昆虫顔で表情は分からないが、ひどく落ち込んでいるのが分かる。
とりあえず、幼女の機嫌は直った。
次はリズの誤解を解かなくては。
リズの方へ向き直ると何やら感心した表情をしている。
「すごいね。魔王の機嫌を損ねて無事に済むなんて。」
ん?魔王?
「その2人、魔王なんだよ。
彼らがその気になれば不死に近いボク達でも敵わないんだよ。」
は?
そういうの早く言ってよ。
さっき青ざめてたのってそういう意味だったのか。
「バイクを運転してたのが強欲のマモン、女性の方が暴食のベルゼブブ。
この世界に7人いる魔王のうちの2人だよ。」
元の世界でも七つの大罪ていうのがあって、それぞれを司る悪魔ってのがあったような気がする。
ていうか、暴食の魔王がグミ食べて喜んでて、強欲の魔王がグミ貰えなくて落ち込んでるぞ。
「この2人はここのフレンチトーストを気に入っててね。
たまにこうやって食べにくるんだ。」
「そうであった。フレンチトーストを食べにきたのであった!」
2人はそそくさとテーブルに着くとタブレットで注文をし始めた。
「我は生クリームマシマシで頼む!」
「わらわはマシマシマシマシじゃ!」
奥に向かって大声で叫ぶ2人。
とても魔王には見えない。
「彼らは1人で町一つ簡単に壊滅させるだけの力があるのだけど、この町にフレンチトーストがある限り安泰だよ。」
「この2人が大丈夫でも、他の5人が襲ってくるなんてことはないの?」
「この2人がフレンチトーストを守るために全力で抵抗するよ。」
すごいな。フレンチトースト。
などとしているうちに頼んだものが運ばれてきた。
話題のフレンチトースト。
軽く焼き目のついたフレンチトーストは4等分に切り分けられ生クリームが添えられている。
バターとメープルシロップのほのかな香り。
おいしそうだ。
向こうのテーブルから熱い視線が注がれている。
そんな視線に気づかない振りをしながらさっそくいただく。
瞬間口いっぱいに広がる上品な甘さと香り。
「おいしい!」
思わず声に出る。
「そうじゃろう!そうじゃろう!」
向こうのテーブルの幼女が大興奮している。
「む。」
突然ベルゼブブの表情が険しくなった。
「何かくるの。」
「本当だ。こっちに向かって飛んできておるな。」
魔王の2人が何かを感じ取ったようだ。
「なんだろう?
ちょっと確認してみるね。」
そういうとリズが無言になった。
頭の中にあるという通信機器を使用しているのだろうか。
「今、衛星で確認できたみたい。
南の方から高エネルギーを凝縮したと思われる光弾がこちらに向かって飛んできてるみたい。
その数、数千。」
衛星なんて飛ばしてるのか。
この世界にマッチするとかしないとかもうどうでもよくなってきた。
それよりも、光弾が飛んできているとか。
ここに落ちたら大惨事なんじゃあ?
『緊急警報!
南方より多数の高エネルギー体が飛来します。
着弾予想地点はトノウェイの町のほぼ中心。
着弾予想時間は3分後。
各自対処してください。』
どうやらここに落ちるようだ。
なんだこれは。
頭の中に直接聞こえてきた。
通りを歩いていた人達にも聞こえたようで、皆空を見上げている。
「聞こえたかな。
この町の人達全員に伝達される情報共有システムだよ。」
「聞こえたよ。
だけど対処ってどうするんだ?
さらっと言ってたけど大ごとなんじゃないのか?」
「あたし達大丈夫なの?」
「ボク達は大丈夫。
だけどキミ達はまだナノマシンが完全に稼働しきってないから、直撃したら死んじゃうね。」
さらっと怖いこと言わないでください。
「まぁ、ボクが守ってあげるよ。」
そう言うとリズの背中の翼が大きく広がった。
そして俺と弥をテーブルごと包み込んだ。
真っ白なドームだ。
「すごーい。きれい。」
弥がうっとりしている。
「スケサンはどうするんだ!?」
「毛足の長いハウンドドッグは防御に特化したタイプだからこの程度は平気だよ。」
ドームの下の隙間からスケサンの様子を伺うと、心配するなと言わんばかりに「バウッ!」と一声吠えた。
通りに目をやると、全身の肌を金属のように変化させている人、亀のような甲羅を作り出し身を潜めている人、迎撃すると言わんばかりに構えている人、皆能力を活かして身を守ろうとしているようだ。
魔王の方は無言で席に着いたままだ。
表情は明らかに穏やかではない。
「そろそろくるよ。」
リズの声に俺は慌てて席に戻った。
俺が椅子に座るや否や、激しい轟音とともに衝撃。
それを皮切りに五月雨に続く爆音と振動。
ドームの下から流れ込む土煙。
ドームに守られているとはいえ、地面が激しく揺れているのがわかる。
町一つ焼け野原になっていてもおかしくない規模だ。
戦争でも起こったのか。
怒涛のような爆音と振動は暫く続いた。
「もう大丈夫そうだね。」
そう言うと、リズは俺達を覆っていた翼のドームを開放した。
周りに広がるのは爆撃により破壊された凄惨な光景・・・ではなかった。
ところどころ地面は抉れ、椅子やテーブルは倒れ散乱しているがさっきまでの轟音と結果が一致しない。
スケサンも無傷でこっちを見ながら尻尾を振っている。
「建物や通路の敷石なんかは耐衝撃性に優れたナノマテリアルを採用してるから、ちょっとやそっとじゃ破壊されないのだよ。」
リズが自慢げに説明する。
「魔王たちは?」
魔王たちがいたテーブルに目を向けると、マモンだけが立っていた。
「今のエネルギーを一点に集中することができれば我の外皮を貫けたやもしれぬな。」
無傷のようだ。
椅子やテーブルはどこかに飛ばされたようだ。
ベルゼブブの姿がない。
「まさか、この攻撃で粉々に!?」
俺が慌てていると、何やらブンブンと音を立てながら小さな光の粒子が集まってきた。
光の粒子のように見えていたのは光り輝く蝿だ。
それらの蝿は一箇所に集まると一際強く発光し、幼い少女を形成した。
「わらわを心配しておったのか。
愚弄するのも大概にせい。
この程度でどうにかなるほど脆弱ではない。
強い衝撃を受けると体は砕けるが、蝿となってまた元に戻る。」
「まてまて!服を着ろ!服を!」
弥が慌てて俺の両目を手で覆ったが、既にばっちりと見てしまった後だった。
「服は今ので失ってしまった。
蚕の魔獣の糸で作ったローブだったのだが耐久性に問題ありじゃな。」
一糸まとわぬ姿になっていることは意に介していないようだ。
「我のように自らの細胞で外皮を形成すればよい。」
「仕方ない。とりあえずの間に合わせとしてそうするかの。」
そう言うとベルゼブブは発光を始め、光が収まると体表が昆虫を思わせるような真っ黒な鎧状のプレートで覆われ、背中には1対の昆虫のような羽が生えていた。
そして俺の視界は弥から解放された。
「ふむ。この姿も久しぶりじゃな。」
「丁度良いのではないか。これから暴れるのだから。」
「え?暴れる?」
「お返ししなくてはならないのじゃよ。」
「皆殺しだな。」
マモンがコキコキと首を鳴らしている。
「ちょ!ちょっと待って!
今のは魔王たちじゃなくてこの町を狙ったものかもしれないだろ。」
「今の攻撃、確かにこの町を狙ったものか、我等を狙ったものか、それ以外の目的があったのか、今の段階では分からぬ。
だが、我等が狙いであったにしろ、巻き添えであったにしろ、我等に攻撃を加えたことは事実。」
「それにわらわのフレンチトーストタイムを奪ったのは万死に値する。」
そちらの方が恨みがこもってそうだ。
「なにも皆殺しにしなくても。」
「お主も殺されそうになったのじゃぞ?おかしな奴じゃな。」
確かに理不尽にも殺されるところであった。
戦争のない平和な環境しか知らない故の甘さなのだろうか。
「お主にちょっと興味が湧いたぞ。
ではお主が仲裁を取り持て。」
「え?仲裁?誰が攻撃したのかも分からないのに。」
「それは分かっておる。
ここから南に約300㎞のところにあるニッツナーンの町。
そこから攻撃は行われたようじゃの。
やったのは聖アリシア教の信徒たち。
1000人くらいおるのう。
わらわの眷属は世界中どこにでもおる。
なんでも分かるぞ。」
眷属とは蝿のことか。
たしかにどこにでもいる。
ということは攻撃されるのも分かっててあえて受けたのか?
それとも能動的に眷属とコンタクトを取って初めて情報を得ることができるのか?
フレンチトーストを食べ逃して憤慨している様子を見る限りでは後者のようだが。
「そうじゃな。
来月にまたフレンチトーストを食べにくる。
その時までに話をまとめておけ。」
「これは1000人分の魂のかかった取引だ。
ゆめゆめお忘れなきよう。」
そう言うと魔王たちはバイクで去っていった。
とんでもないことになってしまった気がする。




