05 中二病的通過儀礼 Initiation
俺たちは第1ラボというところでイニシエーションを受けるらしい。
その道すがらリズからこの世界のことを教えてもらった。
元の世界は『ガイア』、今いるこの世界は『テラ』と呼んでいるらしい。
イニシエーションを受けることにより、身体能力、治癒能力、免疫力、知力、知識等を大幅に引き上げることができるとのことだ。
『テラ』にも元々の人間がいるのだが、『ガイア』から来る人間は侵略者として忌み嫌っているという。
3つの大陸があり、中世ヨーロッパ程度の文化レベルでいくつかの国があるらしい。
今いるここはシェブノ大陸のシャカミナートという国の端っこらしい。
この世界には人間の他に亜人と呼ばれる種族がいる。
ゴブランジェロのようなゴブリン、海に住む水棲人、湿地帯に住む竜人等がいるらしい。
そしてこの世界には『魔法』という概念が存在する。
魔法!なんてときめく単語であろうか。
しかし、元々テラにいる者にしか使えないのだそうだ。残念。
ガイアから来た人間には魔法の源である魔素が体内にないため魔法が使えない。
そのため、テラの人から見ると一目瞭然でガイアから来た人間だと判別できるらしい。
ちなみに魔素の影響を受けて特殊な進化をした動物を魔獣と呼ぶらしい。
そういった説明を受けているうちに巨大な建物に到着した。
窓を数えると12階建て。
俺がいた町にあった建物よりも近代的な造形のビルディングだ。
さっきまで聞いていた世界観をぶち壊している。
魔獣は中に入れないとのことで、入口横のペットお預かりコーナーにスケサンを預ける。
係の人は特に驚きもせず快くスケサンを預かってくれた。
こういうのには慣れているのだろうか?
中に入ると広いホールとなっており、受付カウンターがある。
長椅子に座っている人が数名いる。
大きな総合病院のようだ。
リズは受付の女性に手で合図を送るとそのままホールを横切り奥へと進んだ。
エレベーターに乗り2階で降りる。
廊下を進み、あるドアの前で立ち止まった。
「ここがイニシエーションの施術を受ける部屋だよ。」
そうだった。
今から脳の手術を受けるのだった。
緊張が走る。
弥も同じく緊張しているようであった。
ドアを開けるとソファとテーブルが設置してあり、応接室のようになっている。
いきなり病院の手術室のような光景が広がるのかと思っていたので、ちょっと安堵する。
ソファには1人の中年の男性が座っていた。
褐色の肌にオレンジ色の髪、眼鏡から覗く淡く光っているかのような青い瞳が神秘的でエキゾチックな印象を与える。
「やあ、よく来たね。
私はこの第1ラボの所長、アニク・バラクリシュナンだ。宜しく。」
男は立ち上がりそう言うと優しく微笑んだ。
そして俺達に着席を促した。
「君達は2000年代初頭の日本から来たのだったね。」
今会ったばかりなのに何故知っているのだろう。
「ボク達は頭の中に通信装置もインストールしているのだよ。
テレパシーを科学の力で再現しているのだよ。
キミ達の時代でいう携帯電話のような使い方ができる。
アリスやマシューにもあらかじめ伝えてたんだよ。
だから二人とも初対面なのに日本語で話してたんだよ。
気が付かなかった?」
不思議そうにしている俺にリズはそう言った。
そう言われれば確かにそうだ。
勝手にそういう都合のいい世界だと思ってた。
「君達の世界では夢物語であった技術が私達の時代では色々と実現していてね。
特に私やリズはそういった分野のエキスパートだった。
こちらに来た時には何もなくてね。
技術を再現するための設備を整えるのにかなりの時間を要したよ。」
「あれ?二人は元の世界でも知り合いだったの?」
「そうだよ。一緒に飛ばされてきたんだ。
ボクの主催したコンベンションに参加していた世界の三大頭脳の3人を含む選りすぐりの科学者たち24人が同時に。」
24人!?
そんなに一度に転移なんであるのか。
「皆ナノマシンをインストール済みで良かった。
普通の肉体であったらこの世界では長くは生きられなかった。」
アニクが感慨深く目を閉じた。
「さて、君達にもこの世界を生き抜くために必要な体をプレゼントするよ。」
そういうとアニクはいくつかの不思議な物体を俺達の前に並べた。
いくつかのスタンプ、ビー玉のような球体、コイン状の金属。
まず手に取ったのは黒いスタンプだった。
「手の甲を出してごらん。これはグリムリーパーというスタンプでね。」
そういうと、俺と弥が差し出した手の甲へポンポンと順に軽く押した。
何かの絵柄が写るわけでもなく、何らか変化が起きるわけでもなかった。
「いまので一つ目は終わりだ。
これで君達は強力な免疫力を手に入れることになる。
このスタンプはグリムリーパーというナノマシンを投与するためのものだ。
ちなみにグリムリーパーとは『死神』という意味だ。」
俺達がギョッとしていると、リズが続けて説明を始めた。
「グリムリーパーは超小型・ナノサイズの機械なんだよ。
キミ達の体から栄養やエネルギーをもらって活動、自己増殖を行うんだ。
人工的なウィルスのようなものだね。
今キミ達の手の甲から投与されたグリムリーパーはキミ達を宿主と認識し、宿主を守るために宿主の体に入り込む異物を除去しようとする。
病原性の細菌やウィルス、毒物なんかはことごとく無力化することができるよ。
簡単にいうとキミ達は病気にかかることがほぼなくなったんだ。
細菌やウィルスからしてみたら、さながら死神のようなもの。」
リズがいやに得意げだ。
きっとこいつが名付けたのだろう。
「では次だ。また手の甲を出してくれ。」
次にアニクが手に取ったのは青いスタンプだった。
同じようにポンポンと押す。
「これはパナケイア。
ギリシャ神話の癒しの女神の名前だ。
その名の通り、細胞を修復するナノマシンだ。
多少のケガであればすぐに再生するし、細胞の劣化も抑えられる。
すなわちこれ以降、君達は肉体が老いることはない。」
思いもかけず永遠の若さを手に入れてしまった。
弥の眼が輝いている。
「ちなみに腕を切断しても生えてくるわけではない。
切断して時間があまり経過していなければ切断面を合わせればくっつくが、腕をなくした場合はここにくるといい。
細胞を培養して新しい腕を作ることが可能だから。」
「そうならないことを祈ります。」
スタンプの形状のものはあと1つ。
緑色のものだ。
同じようにポンポンと押す。
「これはウィガール。
細胞を強化するナノマシンだ。
体内に入ると特殊なポリマーを生成して宿主の体を強化する。
それにより、耐衝撃性、耐熱性等を得ることになる。
20mくらいの高さから落ちても無傷ですむ。
ただし、突き刺しに対してもある程度の強度はあるが、魔獣の牙や爪を完全に防げるとは限らないので注意が必要だ。」
「ちなみにウィガールとはアーサー王伝説にでてくる妖精の鍛冶師に鍛えられた鎧のことね。」
またまたリズが得意げだ。
これもきっとこいつが名付けたのだろう。
残ったのは球体とコイン。
「次はこの球体を脳に埋め込む。」
これまであれよあれよと簡単に事が進んでいたのが、ここにきて緊張感が一気に膨れ上がった。
あの球体を脳に?
しかも結構な数がある。
「一応確認しておくが、拒否することもできるよ。
どうするね?」
アニクが俺の目をジッと覗き込む。
ここまできたらやるしかないだろう。
「お願いします!」
アニクはコクリと頷くと、直径1㎝程の球体をいくつか掌の収めると俺のこめかみにスッと差し出した。
「終わったよ。」
そう言って戻した彼の手から先程の球体はなくなっていた。
「え?」
「アニクは自分の爪を思いのままに変形することができるんだ。
その能力を使ってキミの側頭部を切開し、大事な血管や神経を避けつつさっきの球体を頭蓋骨の隙間から脳へを送り込んだんだ。合計6個。
そして縫合した。
この間0.05秒。
痛みすら感じなかったろ?
元々彼はマイクロサージャリーという手術用ルーペや手術用顕微鏡を用いて行う微細な手術のエキスパートだったんだ。
この能力に目覚めてからは神業を超えてまさに奇跡。」
本当に手品か何かのようだ。
あの球体が一瞬で6個も俺の頭の中に?
何の違和感もない。
ていうかあの玉は一体なんなんだ?
「今キミの頭に入れたあの球体は『トト』。
特殊な細菌が封入してあり、そのDNAを利用したストレージなんだ。
トト1つで1ゼタバイトのデータが記録できる。ゼタは10の21乗だね。
まぁ、大容量の記憶装置だと思ってくれたらいいよ。
元の世界の各国の文化、歴史そして言語、論文、数式、生物の情報、化学物質の情報、科学的エビデンス、などなどありとあらゆる知識をつめこんである。
ちなみにトトとはエジプトの神話に出てくる知識を司る神のことね。」
俺達が頭パンク寸前で「へーっ、へーっ」と適当に相槌を打っている間に弥にもトトは入れ込まれた。
思いがけず俺達は天才になってしまったのかもしれない。
と思ったが、言われたことを理解しきれていない時点で気のせいであろうと思う。
「最後にこれだ。DNAコンピュータ『グラウクス』。」
アニクがコインを手に持ち説明する。
「DNAを利用した高速演算を行うことができ、小型だが君達の時代のスーパーコンピュータを遥かに凌駕した処理能力を誇っている。
こいつを君達の脳にリンクさせ、補助的に並列演算を行わせることにより常人の脳のポテンシャルを超越することができる。
ちなみにトトに記憶されているデータはこいつで復号しなければ利用することができない。」
もはやなんでもありだな。
やってくれ。
「お願いします!」
先程と同じようにアニクの持っていたコインは一瞬で俺と弥の頭の中に埋め込まれた。
「ちなみにグラウクスっていうのはギリシャの言葉でフクロウのこと。
フクロウは知性の象徴とされ、ギリシャの女神アテナの従者とも言われてる。」
これもリズが名付けたのか。
すごく自慢げだ。
てか、名前の出典元がギリシャ神話とかエジプト神話とかバラバラだし、センスがなんていうか中二病的だ。
「もしかしてさっきの川の名前の『コキュートス』っていうのも・・・。」
「ボクが名付けた!」
鼻高々だった。
「さて、私の仕事は以上だ。
君達の体にインストールしたナノマシンは完全に馴染むまで1日程度かかる。
生活が一変すると思うよ。
この世界を楽しんでくれたまえ。」
俺達はアニクにお礼を言い、部屋を後にした。
そしてこの建物で滞りなく手続きを行い、正式にここの住人となった。