03 天使のてへぺろ Angelic Smile
「さて、そろそろ行こうではないか。」
アリスが促した。
「そうだね。そこのもそろそろ起きてきそうだし。」
マシューが視線を送った先にはひっくり返った巨大ゴキブリ。
ピクピクと動いている。
死んではいないようだ。
「殺さないの?」
「その必要はない。
我々は無暗に殺生は行わない。」
「でも、さっきリズは居住区が危険にさらされるからって・・・あれ?」
「我々の居住区にはそれなりのセキュリティが施されているし、来たばかりの者ならともかく、我々は魔獣に襲われても何の問題もない。」
「あぁ、あれはキミがどんな反応するのかなーとか思って。」
俺は担がれたのか。
まぁ、その天使のてへぺろに免じて許そう。
「ところでこのゴキブリはどうやってやっつけたの?
気絶してるみたいだけど。」
ゴキブリはひっくり返ってはいるが、大きなダメージを受けているようには見えない。
「私の電撃で気絶させた。」
は?
リズにしてもアリスにしても、俺と同じ世界から来たんだよな?
天使の翼とか電撃とか磁場の歪みが分かるとか異常な移動速度とか何なんだ。
もしかしてこちらの世界に来ると特殊なスキルを獲得できるとか?
「アリスの通り名は雷帝!
特殊能力の名前はエレクトロキューション!
電気ウナギよりも強力な電気を発生させることができるのだよ。」
「勝手に通り名を作らないでくれ。
エレクトロキューションとは電気椅子を指す言葉であろう。
そんな名称、私は好かん。」
リズが得意げに説明をしたがアリスにすぐさま否定されていた。
そして天使のてへぺろ再び。
「もしかして俺にもそういう特殊能力が宿ってたりするのか?」
「今はまだないよ。
ボク達の同胞となるにはイニシエーションという手続きを行ってもらうことになる。
その際、この世界に順応できるよういくつかの施術を行わせてもらいたいんだ。
その結果、副作用として特殊な能力に目覚める者もいるんだ。」
「施術って何をするんだ?」
「ナノマシンの投与と脳手術。」
「え?ナノマシン?脳手術?」
手術という言葉に一抹の不安がよぎる。
「ナノマシンとはナノテクノロジーによって作られた極微小な機械のこと。
ボクの開発したナノマシンによって、身体能力、治癒能力、免疫力等の飛躍的な向上が望めるのだよ。
脳手術については、DNAコンピュータと生体ストレージを構築し、知力、知識を大幅に引き上げることができるんだ。
もちろん受ける受けないはキミ達の自由意思にまかせるよ。
ちなみに今のところ失敗したことはないし、健康被害の報告もないよ。」
何かよく分からないが、未来の技術は凄そうだということは理解できた。
「一応言っておくと、この世界には魔獣がいるし、元の世界にはなかった病原菌も存在しているからそのままの体だと長くは生きられないよ。」
「とりあえず、ちょっと考えさせてもらえるかな。」
と、悩むふりはしてみたものの、スケサンやビッグゴキのような魔獣がいるのなら施術とやらは受けるべきだろうと考えている。
ていうか、むしろ早く俺TUEEEしたい。
特殊能力に夢が膨らむ。
「ところで、キミはこのジャイアントローチもペットにするのかい?」
この巨大ゴキブリはジャイアントローチと言うらしい。
意思疎通ができるとは思えないし、全く愛着がわかない。
何よりグロい。
「却下で。」
てへぺろしてみた。
「お兄ちゃん。
考えるふりしてるけど、手術受けるつもりでしょ。」
弥が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「人が良すぎだよ。
もっと疑ってかかんなきゃ。」
確かにそうだ。
ファンタジーな展開が繰り広げられて高揚していた。
リズ達とは出会ってからまだわずかな時間しか経っていない。
弥の言葉で冷静さを取り戻すことができた。
「信じることができないもの無理はないね。」
リズが弥の猜疑心に応えるかのようにそう言った。
弥は俺にしか聞こえないような小声で話していた。
聞こえたのだとしたら恐るべき聴覚だ。
「ボクはキミ達よりも100年先の未来で『世界の三大頭脳』の一人に数えられていた天才だ。
生命に危険は及ばない。
信じてほしい。」
自分で天才って言っちゃったよ。
でも、天使だから許す。
「そして、キミ達はボク達のことを信じていいのか決めあぐねている。
そうだろ?
当たり前だと思うよ。
突然飛ばされてきた世界でいきなり出会った異常能力者達の言うことを疑いもせずに受け入れる方がおバカさんだと思うね。」
遠回しにおバカさん呼ばわりされてしまった。
でも、天使だから許す。
「でも、ボク達がキミ達に害意があるのだとしたら、こんな回りくどいことはしないと思うよ。
実力行使した方がいくらか手っ取り早い。」
確かにそうだ。
天使だから信じる。
「お兄ちゃん。」
弥が窘める目で俺を見ている。
リズの言葉を疑いもせず鵜呑みにしようとしているのが読まれているようだ。
とは言え、俺達には選択肢はないように思える。
こんな魔獣がいるような森でサバイバルする自信はない。
「リズ達が俺たちを手助けしてくれようとしていることは分かる。
安全な場所へと連れて行ったもらえるのならありがたい。
でも手術については少し考えさせてほしいんだ。」
未来の技術であればリスクなしの手術も可能なのかもしれない。
この世界で生きていくためにはこの手術は必要であると考えている。
楽観的だと思われるかもしれないが俺は不安を感じていない。
だが、弥は怖がっている。
兄である俺にはわかる。
さっき俺につぶやいたのは自分の不安を反映したものだ。
1年間行方不明になっていた俺にようやく会えたのに、どちらかが手術を失敗した場合、どうなるのか?
そういった最悪の状況を想定し怯えている。
「世界の三大頭脳が言うんだから間違いないよ。
お兄ちゃん手術早く受けよう!」
俺の洞察力は空振ったようだ。
「お兄ちゃん、あたしのこと心配してくれたでしょ。
そういう顔してた。
ありがとね。」
どうやら弥にはかなわないようだ。
「話はまとまったようだね!
さあ、行こう!
俺の背中に乗りな!弥ちゃん!」
マシューがこちらに背中を向けてしゃがんだ。
おんぶするから乗れということらしい。
どーーーーーーん!!!
すかさずスケサンが飛び乗った。
ナイス!スケサン!
ご主人の望むことを瞬時に理解する優秀なペットだ。
結局、俺たち兄妹はスケサンに乗って移動することとなった。
「じゃあ、行くよー!
ちゃんとついて来てねー!」
しまった!忘れてた!
悪夢三度!
今回は100㎞以上を一気に駆け抜けた。
「また泣いているのか?女々しい奴だな。妹を見習え。」
「違うし!目からアストラルバディが溢れ出てるだけだし!」
ん?妹?
後ろを振り返ると無邪気な子供の様に目をキラキラさせた弥がいた。
よほど楽しかったようだ。
お兄ちゃん完敗。




