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01 始まり Hello Another World

俺は今危機に直面している。

周りは高木に囲まれ、足元にはシダっぽい植物が生い茂っている。

樹林とか密林とかいうのだろうか。

いわゆるジャングルっぽいことろにいる。

なぜここにいるのかわからない。

ここがどこかも分からない。


目の前にいる動物。

モコモコの毛に覆われ、フサフサの尻尾は背中に乗っかっている。

ちょっと不細工だが愛嬌のある顔をしている。

そしてこの種の特徴である青黒い舌。

幼いころに飼っていたことがある。

間違いない。

こいつはチャウチャウだ。


ただ、俺の知っているチャウチャウと明確に異なる部分がある。

でかい。

見上げなければならない程でかい。


そしてご馳走発見!と言わんばかりに瞳をキラキラと輝かせ、よだれをだらだらと垂らしている。

もちろんそのご馳走が俺であるということは瞭然。


どうしてこうなった。

俺、飼ってたチャウチャウいじめてたっけ?

いや、めっちゃ可愛がってたと思う。

死んだときは号泣したっけ。

ということはこれはチャウチャウの恩返しに違いない!


「スケサン!お前はスケサンなのだろう?」


スケサンとは昔飼っていたチャウチャウの名前だ。

ちなみに俺がつけたわけではない。

名付け親は時代劇好きのばあちゃんだ。


目の前のチャウチャウは俺の呼びかけに答えるように牙を剥きだしにして臨戦態勢をとった。

どうやらスケサンではないらしい。


そしてチャウチャウは身を低くかがめると俺めがけて一直線に飛び掛かってきた。

運動には全く自信がない俺であったが、さすがに目の前の巨大な生物に最大限の警戒をしていたおかげでなんとかかわすことができた。

転がるように飛び退いた俺は起き上がりながらチャウチャウの姿を探し、様子を確認する。

俺の背後にあった巨木の幹が見事にえぐれている。

避けられなかったら俺がああなっていたのかと思うとさすがに冷や汗が流れる。

おあずけを食らったチャウチャウは不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

次は逃がさない。そう言っているようだ。


ああ、これはダメそうだ。

スケサンのジャンプ力ではぎりぎり届かない高さに骨をぶら下げ、ピョコピョコ跳ねる姿を見て笑ってたのがまずかったかな。

ごめん、スケサン。許してくれとは言わない!見逃してくれ!


その時、何かが飛んできた。

野球のボールほどの大きさの白い球体。

その球体がチャウチャウの頭に当たり、軽くバウンドしたかと思うと、球体から水平に何かが広がった。

黒いワイヤーの網であった。

網はチャウチャウを覆うように地面まで垂れ下がったかと思うと一瞬で収縮した。

網に締め上げられたチャウチャウは「キャウッ!」と一声上げると、その場に倒れこんでしまった。

身動き一つできなくなったようだ。

何が起こったのかは分からないが、危機は脱したようだ。


球体が飛んできた方向を目を向けると、そこには天使がいた。

天使という言葉を聞いて俺が思い浮かべる天使の姿。

光り輝いているかのような美しいブロンドの髪、澄んだ青い瞳の可憐な少女。そして背中に携えた純白の翼。

ゆっくりと空から降りてくるその姿に目を奪われ、言葉を失った。


天使は地に足を付けるとジッとこちらを見据えゆっくりとこちらへと歩を進めた。

俺の前まで来るとゆっくりと俺に片手を差し出した。

俺は誘われるままその手の上に右手を重ねた。

しばしの沈黙の後、彼女は口を開いた。


「ようこそ、テラへ。ボクの『日本語』は通じてるかな?」


その言葉に我に返った。

巨大なチャウチャウ、天使の降臨、立て続けに起こった理解を超える出来事についていけず停止していた思考。

それがグルグルと活動を再開し始めた。


ここはどこなんだ?

なぜここにいるんだ?

どうやって来たんだ?

あのチャウチャウは何なんだ?

この天使は何者?

本当に天使?

テラ?


疑問が次々と沸き起こる。


「なぜ一人称がボクなの?」


知りたい事はたくさんあったはずなのに、最初に口から出たのがこの質問であった。

目の前の天使は一瞬キョトンとし、ケタケタと笑い始めた。


「ここにきた人達は大抵の場合、自分の置かれている状況について質問するものなのに、いきなりそんなこと聞いてきたのはキミが初めてだよ。」


改めて考えると、だんだんと恥ずかしくなってきた。

なんでこんな事言ったのか。


「まぁ、その質問に答えるとすると、ボクの知り合いの日本人がこの姿で「ボク」と言えば、大抵の日本男子は心を許すと言っていたから。」


誰だ。間違った知識を天使に植え付けた奴は。

一瞬ときめいたことは否定はしないが。


「さて、聞きたいことはいろいろとあるのだろうけど、まずはキミのことを教えてくれないかな?名前、年齢、生年月日そういった事を知りたいな。」


「俺は天神誉。18歳。2001年6月1日生まれ。」


反射的に聞かれたことに簡潔に答えた。


「なるほど、なるほど、ちょうど100年違いだね。」


「100年?」


何が100年なのだろう?


「ボクはリズ・エステス。2101年6月1日生まれだ。」


そう言うと天使・・・リズはニコリと微笑んだ。

共通点が見つかって俺も嬉しい!

ていうか、そういう問題じゃない。

2101年生まれ?

俺は未来へ来てしまったのか?


「キミの考えていることは大体分かるよ。だけどここはキミがいた世界の100年後というわけではないのだよ。時間的には並行していない別の世界。我々は『テラ』と呼んでいる。

いわゆる異世界というやつだ。」


小説で読んだことがある。

元々いた世界とは別の世界。

しかも時間の流れが同じではないようだ。

俺がいた時間の100年後の世界からリズは来たと言っている。

我々ということは他にも同じようにこちらに来ている人がいるのだろうか。


「ちなみに元の世界に変える方法は見つかっていない。仮に方法があったとしても元の時代に戻れるといいう保証などないのだけれど。」


「リズはこちらの世界に来てどれくらい経つの?」


「300年ちょっとかな?」


「300年かぁ。大変だったんだろうな。

って、300年!?」


目が点になる。

冗談なのだろうか。

しかし、そういう風には見えない。


「想像通りの反応だね。

ボクの肉体は限りなく不老不死に近いのだよ。」


異世界に天使に不老不死。

もはやアニメかゲームの設定か何かにしか思えない。


「とにかく、こちらに来てしまったからには、順応し生き抜かなければならない。

あちらの世界から来た者にとってこの世界は過酷なのだよ。

先程のような魔獣がいるし、この世界の原住民は我々を忌み嫌っている。」


魔獣?チャウチャウのことか。

俺は拘束され転がっているチャウチャウを一瞥した。

たしかにリズが来なければ俺はこいつの胃袋に収まっていただろう。


「ちなみにその魔獣はハウンドドッグという種だ。」


ハウンドドッグって猟犬って意味だよな。

見た目とのギャップすごいな。


「我々は同じようにこちらの世界に来た者達を集めコミュニティを作っている。

キミの助けになると思うよ。一緒に来てくれるかい?」


チャウチャウの件で一人でいるのは危険だと理解している。

分からないことだらけなのも事実だ。

助けてくれるというのなら願ったり叶ったりだ。

断る理由はない。


「是非、お願いします。」


俺は頭を下げた。

リズは俺の素直な反応にニコリと微笑んだ。


「残念ながらボクの翼にはキミを抱えて飛行するほどの力はないんだ。

 途中で仲間と合流する手はずだから、そこまでは歩くことになるけど頑張ってね。」


天使に抱えられて空中遊泳ができないことが非常に残念に思えた。

いや、知的好奇心からの口惜しさなのだよ。決して痴的な考えからではないのだよ。


「さてと、その前に。」


そういうとリズは何かを取り出した。

俺が知っているものよりかは幾分小ぶりだが、その形状は注射器。

右手に注射器を持ったリズはチャウチャウの方へと近付いてゆく。


「な、何を?」


「処分。」


その表情からは冗談であるとは感じられない。


「は?待って!待って!

何も殺さなくても。」


「キミはこいつに殺されかけたのだぞ?」


そう言うとリズは俺の目をジッと覗き込んだ。


「ほ、ほら、俺は結果として無傷なわけで、こいつに危害を加えられたわけではない。

それなのに殺すというのは後味が悪いというか・・・。」


「ふむ。では、このまま放置して行こう。

いずれ餓死するけれど、我々が手を下すわけではない。

殺しはしないが助けもしない。

こいつは身動きできないが、それはキミを襲ったことに起因するいわゆる自業自得というやつだ。」


チャウチャウの方を見ると、状況を悟っているのか、俺に向けて懇願の表情を浮かべている。かつて飼っていたスケサンが俺に訴えかけているかのようだ。


「こいつを開放してやってくれ。」


「ハウンドドッグという種は特に優れた嗅覚を持っているのだよ。

こいつは我々の匂いを覚えた。

数十キロ離れていても追跡することが可能だ。

ここで処分しないということは我々や我々の居住区にいる仲間達を危険にさらすことになるかもしれない。」


再度チャウチャウの方を見る。

そんなことはしないと目で訴えているようだ。


「キミは今、『情が移っている』という状態なのだろう。

正常な判断ができていないようだ。

魔獣は一般的な動物と比較して脳が発達している。

知性がある。

つまり、騙すという行動をとることができる。

キミはこいつの表情に惑わされているのだよ。

こいつは先程までキミを食べようとしていたということを忘れてるんじゃないのかい?」


確かに俺はこいつに食べられそうになった。

だが、今のこいつは怯えきっていて、俺に助けを求めている。

スケサンと遊んだ幼き日の記憶が蘇り、リズの意見に同意することができない。


「だ、だけど!

こいつはそんなことしない!」


「根拠はあるのかい?」


「勘!」


「よし、分かった。

キミの意見を尊重しよう。

その捕獲網は『トワル』という。

白い球体がトワルの制御装置となっている。

球体を2回ノックすると球の表面にコンソールが浮かび上がる。

赤いボタンが解除ボタンだ。

押した瞬間に網は霧散する。

キミが押すんだ。」


え?俺?

成り行きとはいえ、大変なことになった。

チャウチャウの拘束が解かれた瞬間に襲われる可能性があるということだ。


だが、俺はスケサンを信じる!

いや、こいつスケサンじゃなかった。

どうしよう。


しかし、言った手前やるしかない。

俺はおそるおそるチャウチャウに近付き、球体を2回ノックした。


球体の表面にいくつかのボタンが浮かび上がる。


助けてやるんだから襲ってくるなよ!

俺は意を決し赤いボタンを押した。


球体が網から外れ、地面に転がる。

網は一瞬で粉状になったかと思うと、チャウチャウの戒めは解かれた。


チャウチャウはムクリと起き上がり、俺と正対した。

その表情は喜びに満ち溢れている。

解放してもらったことへの喜びか?ご馳走にありつけることへの喜びか?

どっちだ?


チャウチャウは俺に飛び掛かってきた。


やばい!俺騙された!?


チャウチャウは俺を押し倒すように圧し掛かると、顔を全力でペロペロし始めた。

どうやら、俺は懐かれたらしい。


その様子を見ながらリズはクスクスと笑い始めた。


「キミは実に面白い奴だな。非常に興味深いよ。」


ヨダレだらけの顔になりながら、俺は「どうも。」と返した。


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