こうして、ぬいぐるみさんは異世界転移するのです。めでたしめでたし
観察1983日目、いつも通りの景色である。机が広がり、その上には時計、筆箱、ティッシュ箱、電気スタンド、教科書とノートが置かれている。前には本棚とそれに載せられたカラーボックスに本が並んでいる。多少の漫画もある。最近、部屋に扇風機が置かれていた。これが設置されたということは夏になったのだろう。夏になったからといって自分はこの部屋から動けないので関係ないが、これまでの観察を思い出すいい機会にはなる。
いつもならこの辺で観察を終え、残りは主人の帰宅を待つだけなのだが、それまでボーッとしているのもなんなのでこれまでの事を振り返ってみることにする。
自分はぬいぐるみとして生を受け、店頭に並べられ主人に買われ今の部屋に置かれたのが7年前。さっき観察1983日目とか言ったが、この部屋に来た最初の2年ほどは何も考えずただぼんやりとこの部屋を眺めていたが、主人の自分に対する言動を見聞きしているうちに自分は特別であることに気づいた。どうやら物を見て、考える事は他のぬいぐるみにはできないようである。とはいえ自分もさっき生を受けたなんて言ったが自分は人間のように動いたり、言葉を話したりなんてことはできない。見て思うだけだ。これでは生き物かどうかも怪しいが、その辺は深く考えないことにしている。自分が他にはできないことができると思うとこれを使わないともったいないと思い、その日見たものを記憶し始めた。考えるうちに自分は特別なのではなくて本当はどのぬいぐるみも同じような事ができるのではないかという考えを思いついたので同士を探したが、この部屋には自分の他にぬいぐるみはいないようだった。たとえいたとしても動しゃべるく事もしゃべる事もできないので意思疎通はおろか自分の思いを伝える事さえできないことに気づいた。それから約5年間観察を続けている。
最近自分は5年間続けてきた観察に飽きを感じ始めている。始めたときは、今まで何も思わずに見てきたものにはすべて名前がありそこにある理由がある、それを知っていくことが楽しかったが、年がたつにつれてそれがどんどん少なくなってゆく。最近は全くと言っていいほどない。楽しみは主人の独り言や家族の会話を聞くことくらいである。しかしほとんどの時間は皆で払ってしまうので、帰りを待っている時間は本当に何もなく暇なのである。
こんなことを考えていたら嫌になってきたので今日はもう寝ることにする。ぬいぐるみだって寝るのだ。
観察1984日目、机の上のものが消えていた。本棚も、カラーボックスも、扇風機もない。よく見ると、部屋も少し明るくなったような気がするし、壁がすぐそこにある。
どういうことだろうか、部屋の模様替えにしては急すぎるし、変わりすぎだ。多分、その経緯はわからないが、別の部屋に移されたのだろう。ちょうど観察に飽きていたころだったのでいい機会だと思う。自分は主人の帰りを待ちつつ、この部屋の観察を続けることにする。
違った。
新天地観察1562日目、主人の帰りはない。景色も変わらない。それどころかだんだん景色がぼやけている気がする。動くことはできないのでこのまま観察を続けようと思う。
新天地観察1563日目、何も見えなくなっていた。真っ暗だ。どうやら観察もここまでのようだ。




