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第5話 新しい剣

 私は、ランプを片手に夜の散歩を行う。

 吸血鬼の血が混じった者を母に持つ私は時折ひどく寝付きが悪い事がある。そんな時はこうして夜の散歩を行っている。

 しかし、今日は目が冴えて眠れない原因というのは明らかだった。

 彼だ。

 グリン・ジレクラエス。私の終生の好敵手であり、ある意味の師であり、そして私の初恋の人。

 彼に遂に思いを告げた事が、私に昂りを覚えさせている。戦の時に覚えるそれとは、性質の異なる高揚。

 生死の危機を覚えた時とは、また異なる胸の高鳴り。

 彼は私を受け入れてくれた。その事実を思い出すだけで、身体が熱く、居ても立っても居られない。



「姫様」

「ニシェクか、どうした」



 私の前に現れ、深々と頭を下げる彼は、ダークエルフのニシェク。父の代から仕える古強者だ。その証拠に、彼の右目の周囲には深々とした切痕が痛々しく残っている。

 そんな古強者が、深刻な表情で私の前に立っている。何かあったと考えるのが自然だろう。



「は、斥候の報告ですが、どうやら人間の兵士達が付近の村々に姿を見せたようです。明日には攻撃を仕掛けてくるかと」

「随分と早いな」

「ええ、護送隊が襲われてから編成したにしては早すぎます。巡回の兵士たちという事も考えられますが、些か都合が良すぎるかと」

「ということは、襲撃自体予測されていたと言うことか?」

「恐らくは」



 難儀なものだな、グリンも。

 彼が知り得ない場所で、陰謀に巻き込まれている。グリンはそれを知っているのか、知らないのか。

 


「……ここを引き払う準備を行う。部下達には伝えておけ」

「はっ」



 私の指示に従い、ニシェクは再び闇の中へと姿を消していく。

 この件にもやはり“五人”……グリンと共に父を討伐し、彼の受けるはずだった栄光を奪い取った者達が関わっている事に疑う余地は無さそうだ。

 人間というのは恐ろしい物だ。昨日まで轡を並べていた仲間を食い物にして平気な顔をしている。 

 彼らに、これ以上グリンの生命を弄ばせる訳には行かない。

 


「私が守ろう、絶対に」

 決意を新たにするように、私は呟く。



 


 俺が起きたのは、部屋の床の上だった。

 何が起きたのか理解をする前に、緑色の逞しい腕が俺を持ち上げ、椅子の上へと座らせられる。

 崩れ落ちそうになる身体をなんとか堪えて、目をこする。

 すると、勝手に部屋に入り込んでいる二人が目に入ってきた。カルーシェと、ナーグルーだ。



「ありがたいございました、ナーグルーさん」

「用事があったラ、また呼んでくレ」



 そう言ってナーグルーは部屋から出ていった。

 部屋に残されたのは、俺とカルーシェのみ。



「その…… 失礼しますね」

「勝手に部屋に入って起こしてくれと頼んだ覚えは、無いぞ」

「ごめんなさい、姫様の命令ですので」



 姫様、ロレッタのことだろう。彼女の命令とあれば、カルーシェも逆らう理由がない。気弱そうな彼女でも逆らう事は出来ないだろう。

 俺が文句の一つでも言ってやろうかと考えている内に、彼女は部屋の中へと何かの道具を手際よく運び込んでくる。

 湯気の立つ木桶、そして瓶に入った緑色の液体、使い古され薄汚れたシーツ。

 彼女はテーブルの上に鏡を置くと、俺の後ろに立つ。

 


 「おい、何をするつもり……」

 そこまで言いかけた所で、彼女はシーツを俺に掛けてから俺の頬から顎、そして鼻の下に何かねっとりとした液体を塗っていく。

 鏡を見れば、緑色の液体である事が分かった。



 スライムだ。正確にはスライムの分泌した液体。魔術師達はこれを採取し、加工する事で様々な用途に利用している。

 俺に付けたこれは、恐らく髭剃りの為だろう。

 


「動かないで下さいね」

 そう言った後に、カルーシェは剃刀を俺の肌に走らせていく。小気味の良い音と共に、長らく蓄えられた髭が剃り落とされていく。

 腕前は確かなようだ。あっという間にすっきりとした顔になった。昨日までの自分とは別人に近い。

 


「散髪をするつもりなら、最初から言ってくれればよかったのに」

「は、はい。次からはそうしますね。あと、姫様から伝言です。お昼までにはこの城を発つので、準備をしておいて下さいという事です。それと、朝食は姫様の部屋に準備してあります」

「なら行かせてもらうよ、ありがとうな」



 カルーシェを残し、ロレッタの部屋へと向かう。

 ノックを二回程すると、招き入れる彼女の声がした。



「おはよう、グリン」 

「ああ、お早う」

「聞いたぞ、もう出るのか」

「ああ、人間の兵士たちが来ているとの話だからな。彼らと接触する前にこの場を発つ事にした」



 俺は彼女の向かい側に座って、朝食を見る。ミルク粥を主体とした質素な品だ。

 彼女は俺が来るまで待っていたのか、全く量が減っていない。



「俺を待ってたのか?」

「当たり前だろう」



 さも当然かのように、そう言った彼女の顔はどこか赤い。  

 気恥ずかしい雰囲気になったおかげで何を言おうとしていたのか、分からなる。

 そうだ、ここを発つ話だ…… そう思い出した時に、二人の中央に置かれたパンに手を伸ばした。

 丁度同じタイミングでロレッタも手を伸ばしていたので、手がぶつかる。



「す、すまない」

「こちらこそ」



 俺もロレッタも互いにしどろもどろに頭を下げ、顔を赤くする。まるで初な少年少女のようだ。

 急いで引っ込めたお陰でどちらもパンを取る事ができなかった。

 何をやっているんだ、俺は。自分自身が情けなく感じ、粥を飲み込んでいく。



「ここを経って、北へと向かう。最初の目的地はバルドハイムの森だ」

「あそこか、随分と深い森だが、何か理由があるんだろ?」

「ああ、あそこに潜んでいるダークエルフの者たちに、君を紹介する」

「昨日言っていた挨拶回りって訳か」



 その後は会話も少なく朝食を終え、中庭に散歩をしに行く。

 既に引き払う準備を行っているオーク達とゴブリンの姿があった。

 数少ないながらも、ダークエルフやリザードマンの姿も混じっている。

 総勢は数十名程だろうが、潜伏するには大所帯だ。



 その中で指揮を取っていたナーグルーが、俺の姿を見つけて足早に近づいてくる。

 手に、白い布で包んだ何かを持っている。



「グリン様、ようやク見つけタ」

「どうした、ナーグルー。俺を探していたのか?」

 ナーグルーはその言葉に頷く。



 そして、彼は手にしていた包みを解き、日の下に晒す。

 彼が手にしていたのは黄金色に輝く新品のオーク製の剣……それも、俺が扱うに丁度よい長さと細さだった。オークはこのサイズの剣を作る事はほぼ無い。短剣でも、もっと幅広で厚みのある物を使用するからだ。

 この剣は俺の為に作られた事であることは間違いない。



「これヲ」

 ナーグルーは剣を俺に恭しく差し出す。

 そして、俺は迷わずに剣を受け取った。


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