第4話 そしておっさんは結婚する
俺の宣言を聞いたロレッタは満足そうにしていた。こうも早く決まるとは思っていなかったようだが。
その様子を見た俺は目の前に存在している料理を平らげ始める。
フリッターを始めとするサラダやよく分からないソースが掛かった粉っぽい料理など、お上品な料理がずらりと並ぶ。
ナイフを不器用に扱いながら、俺はそれを口の中に運んでいく。
ロレッタは俺の様子を、自分は食事に手を付ける事無く満足そうに見ている。
「なんだ、お前は食わないのか」
「随分と美味そうに食べるな、と思ってな。我々の料理が口に合わなかったらどうしようかと思っていたんだ」
「? 別に俺達人間が普段食べている物とそう変わらないように見えるが」
「お前の食べたフリッターはマンティコアの胸肉で、サラダはマンドレイクの葉とキラートマトだ」
衝撃的な言葉に俺は手にしていたナイフとフォークを取り落としそうになり、慌てて掴んだ。
そして、その真実を確かめるために
確かにサラダの葉は見たことが無い色をしているし、トマトは随分と巨大だ。
しかし、フリッターは別段今まで見たことのある肉と変わっているようには見えない。
もう一度切り取り、口の中に放り込んで見る。少し脂っこい程度で、今まで食べたことのある
「まあ、食べられるなら良いんじゃないか」
「冗談だ、冗談。真に受けるとは思わなかった」
ロレッタは笑いながら言った。冗談にしては凶悪すぎると思うが。
だが、よく考えてみれば俺もドラゴンを始めとして随分とゲテモノは食べてきている。今更驚くような事でもない。
「キラートマトだけは本当だが、まあ悪い味ではないだろう?」
「次からサラダにトマトは入れないでくれ」
俺は頭を抱える。
食事を終えると、ワイングラスに色の付いた液体を注ぎ、俺に渡してくる。食後酒と言った所だろうか。
少し香辛料のきつい匂いがした。保存料だろうか。
ロレッタはそれを水で割っている。
「しかし、君が素早く決心を固めてくれて助かった。わざわざ敵地の中に拠点を構えるという危険を犯した甲斐があったよ」
「ここはまだ中央平原だったか」
「そうだ、これからの事を考えれば、ここで君を助けておきたかった」
「偶然にしては出来すぎていると思っていたが、予め俺が来るのを待ってたって言うのか?」
ロレッタは俺の言葉に頷いて答える。
中央平原、それはこのシグナス大陸の中央に存在している広大な平原地帯の総称だ。戦争以前はこの大陸で最も栄えている地域と言われていた。
俺はここから二つ国を跨いだ極北の地、グディニア聖王国の更に北限に存在する監獄へと向かっていた途中だった。
「中央三国には我々の同志が数少ないながらも、中枢近くに存在している。彼らから君の護送ルートを聞いて網を張っていたという訳」
「そのお陰で助かったとは言え、人間の間に魔物のスパイが居るって話をされると複雑な気分になるな」
俺はそう言ってワインを飲み干す。何時ぶりの味だろうか。
冷たい地下牢で出された味のない食事のひどい匂いの水を思い出して身震いする。
「明日にはここを発つ。準備を整えなくてはならないからな」
「準備?」
「王座に就くには、それなりの手続きが必要という事だ。私が今日から魔王です、はいそうですかと認める訳でもない」
「手続きか。具体的には何をするんだ?」
「私と挙式を挙げる」
「……は?」
唖然としている俺を楽しそうに見ているロレッタ。しかし、先程と違って冗談で言っているようにはとても聞こえない。
それに、今の彼女の言で先程言っていた、私を貰って欲しいという言葉の意味がようやく理解する事ができてきた。
「私は冗談で言っている訳ではないぞ。本気も本気だ。君のような人間に限らず、魔王としての座を手に入れるには、力ともう一つは正当性が必要になる。私の父、ニル・ヴァンは竜種という出自そのものが正当性となった」
「結婚すると正当性が手に入るというのか?」
「その通りだ。先代魔王を倒した者を先代魔王の娘、それも竜種の者が取り立てる事の分かりやすい証明になる。」
「そう上手くいくもんなのかねえ」
「だから、上手く行かせる為に色々するんだ。具体的にはオークとダークエルフ、そしてリザードマンの主要部族へのあいさつ回りだ」
「なんだ、そういう事か。人間ともやることが変わらないのだな」
俺がそう言うと、ロレッタは不敵に笑う。
「彼らとのやり取りの詳しい話は追々しよう。いきなり全てを話す必要もないだろうからな」
しかし、俺は言葉に困る。俺が魔王となる為に必要な儀式が、ロレッタとの結婚式というのは分かっただ。
だが彼女はそれで良いのか?
俺はこの年まで剣と冒険に明け暮れていたような、何もない男だ。年もそうだが、とても彼女と釣り合うとは思えない。
「一つだけ聞きたい」
「なんだ?」
「ロレッタは俺と結婚するという事を、納得しているのか?」
「言ったろう、私と結婚しなければ……」
「そうじゃない。竜種の風習は分からないが、その、結婚というのは互いの事を思い合う男女が……」
そこまで言ったところで、ロレッタは吹き出した。
「まったく、本当に面白いな君は、まるでコウノトリが子供を運んでくると信じている純情な娘のようだ!」
「あのなあ……」
「私が君を好いているか? という問いなのだろう? 答えなど決まっているだろう。当たり前だ」
「ありがたいのは確かなんだが、そこまで好かれる理由が思い浮かばないんだ。三十路のおっさんだぞ?」
ロレッタの部屋の姿見に映る、髭面の男は三十路どころか四十を超えているようにも見える。
しかし、俺と相対している少女は子供でもおかしくない容姿をしている。
溜息を付いてロレッタは言う。
「君は、私を何回も負かせただろう。幾度と無く」
黒い鎧を身に纏った彼女は、幾度と無く冒険の旅に立ちはだかってきた。竜の巣でも、シャルゴーの洞窟でも、聖都の戦いでも、勿論最後の魔王城の決戦でも。
「私が戦い出したのは父に認めて貰いたかったからだ。だが、君と戦う内にその感情は変わって行った。君へ憎しみを抱いた時もあった。勝てない事に枕を濡らした事もあった。……だが、ある時気が付いてしまった。いつの間にか、目的が君に私を見て欲しい、認めて欲しいとなっていた事に。それが恋だと自覚するのにそう時間は掛からなかった」
ロレッタは顔を赤らめながら、言葉を紡ぐ。
これまでの彼女とは思えない程に動揺した様子だった。
「だから、どうか私を貰ってくれないか」
そう言ってロレッタは、黙って俺を見つめる。
俺の答えは決まっていた。というより、この状況で別の答えを言えるはずも無い。
「こんな俺でよければ、喜んで」




