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第41話 始まりの音

――“大海の都”商工会会議室――



「この件においての審議は、これで終了という事で良いな?」

 アルカノーアの問いかけに、彼女より数倍も年の離れた男女が頷くことで肯定を示す。

 彼女は会議を実に円滑に回していた。時には柔軟に、時には強引に。様々な手段で審議を彼女の望む方向へと自在に進めていく。



「では、城壁の兵士の数を本日より増強し脅威に備えよう。直ちに伝令を」

 そう言ってアルカノーアは昨日世話になった受付の女性に書簡を手渡す。あれが指示書なのだろう。



「アルカノーア様のお父様があの様な事になられ、急に跡を継ぐ事になりました」

 傍聴席で審議に聞き入る俺の横で、カロリーヌさんが呟くように言った。



「……知っている。ある意味、俺がそうしたような物だからだ」

「それ以来、様々な難局が存在しました。ヴァン・ダイク商会自体が乗っ取りを受ける寸前まで行きましたが、とある方々の支援もあって、なんとか今の地位を保てています。もちろん、アルカノーア様の成長が著しいのが最大の原因ではありますが」



 俺は、議場で熱弁を振るう彼女の姿にかつての彼女の父の姿を重ねてしまう。

 イーライ・ヴァン・ダイク。沿岸沿いでその名を知らない者は居ない程の男だった。

 その知名度の高さはヴァン・ダイク商会の長としてよりも、彼の青年期に行っていた冒険航海による物の方が大きい。

 “黒の大地”と呼ばれる新大陸の発見、当時まだ外部の人間に対して門戸を閉ざしていた東方諸島への航海、そして遙かなる西方への大航海と、その顛末を書き記した冒険譚。



 俺も、彼の本を読み漁って数々の冒険に胸を躍らせた物だ。

 この“大海の都”を初めて訪れ、そして彼と初めて出会った時にはひどく緊張した物だ。

 俺の予想していた人物とは全く異なっていたのだが。



 そんな事を考えていると、何やら議場が騒がしい。どうやら論議が終わったようだ。

 人々が書類を手に退出して行く。顔色は皆一様に悪い。それもその筈だろう、教会軍の侵攻を目前にしているのだから。冷静で居られる筈もない。

 更に、先日の一件で彼らには妥協はないという事は周知されている。彼らを通せば、同じことがこの都市のありとあらゆる場所で行われるのだ。



「ご苦労さん」

 俺は、熱弁を奮ったばかりのアルカノーアが疲れた様子でこちらへと歩いてくるのを見て、声を掛ける。



「グリン様ァ~」

 先程までのキリッとした表情はどこへやら。ヘニャヘニャと情けない顔になって俺に抱きつこうとする所を、カロリーヌさんが受け止める。ナイス判断。



「一体どうしたら良いのか、分からんのじゃ……」

「取り敢えず、目前の敵に備えつつ足元の敵を撃退する用意だろ?」

「そうなのじゃが……」

 今にも泣き出しそうな表情となっているアルカノーア。



「そういえば、ロレッタ様はどこへ?」

 アルカノーアを止めているカロリーヌさんが、今更気が付いた様子で俺に問いかける。

「あいつなら、一人で見回りに行った。あいつ独自の考えがあるみたいだな」





――“大海の都”クリーンポート地区――

Side:ロレッタ



 地図と睨み合いながら、私は歩く。

 疫病を持った獣達が地下から這い出てくる場合にどこから現れるのか、という事を確かめるためにだ。

 しかし、何箇所かの確認を終え、あちこちを彷徨く内に自分の居場所が分からなくなってしまった。

「グリンの奴を連れてくるべきだったか」

 アイツの顔を思い出し、私は溜息を吐く。 



 しかし、アイツは商工会の議場の方へと行ってしまった。無理に誘わなかった私も悪いのだが。

 ……それでも良かったのかもしれない。もし、私が動かなければならないとするのなら、その姿はアイツには見られたくない。



 いつからだろうか、アイツの存在が私の中でここまで大きくなっていたのは。

 アイツを助け出し、共に過ごす様になればこの気持ちは落ち着くのだと思っていた。

 しかし、現実は逆だった。側に居れば居るほど、アイツの存在は私の中でどんどん大きくなっていく。


 

「昨日も、いい所で……」

 昨夜の風呂の一件を思い出し、なんとも言えない気分になる。

 せっかく良い雰囲気になりかけた所で、あのお嬢様が現れた。その後はお付きの娘も巻き込んでてんやわんやの大騒動。

 風呂どころの話ではなく、アイツはそのまま寝てしまった。



「いかんな、今は……」

 アイツの事を頭から振り払い、通りを歩き続ける。

 下水管の入り口をまた見つけるが、これも違う。

「ダメだな」



 丁度良い場所が中々見つからない。通りから遠く、尚且つ開口部が広い場所が。

 炎を流し込み、下水道全てを焼き尽くす事の出来る場所が。



 そんな事を考えていた時だった。

 足元で、何かが揺れ動くのを感じる。

「始まった、な」

 人間達はまだ感じ取る事は出来ないだろう。それほどに小さな揺れ。



 しかし、私にはハッキリと分かる。小さき身体に、疫病の種を宿した飢えた獣達が一斉に動き出した事が。

 始まったのだ。

 

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