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第3話 新魔王、誕生

「さて、そろそろ昼食の時間だ、グリン君。当然君の分も用意してある。行こうか」

 そう言ってロレッタは俺の手を取り、引っ張っていく。

 有無を言わせぬこの態度に対して、俺は何も言うことは出来ない。仕方なく彼女のなすがままに付いていく事にした。 



「ナーグルー、借りていくぞ」

「はっ」



 そう言ってナーグルーは胸に右手の拳を当てる。オーク達が行う敬意を払う相手への仕草だ。彼らは自分たちより強い者に対してにしかこのポーズを取らない。彼もまたロレッタの強さを知っているという事なのだろう。

 それもその筈、かつての彼女――黒騎士は俺と互角に渡り合った好敵手だ。見れば見るほどこの細い身体のどこに、俺と当たり負けない力があるのか謎なのだが。

 

 

「どうした? ぼうっとしているぞ?」

「アイツ、良く訓練されているなと思ってな」俺はナーグルーを見ながら言う。

「ナーグルーの事か。奴を始めとするここのオークは皆、アイアンヘッド族の出身だ。お前も知っているだろう?」

「ああ、幾度と無く戦ったからな。奴の兄貴のナーガルーを倒したのも俺だしな」

 


 ロレッタが言ったアイアンヘッド族というのは、北部オークの中でも有力な一族だった筈だ。幾人もの“指揮強者”《バトル・ボス》を排出している事から、俺も幾度と無くアイアンヘッド族の者達の強者と戦い、それを討ち取っていた。ナーガルーの兄もその一人だった。

 彼らはオーク達の中でも群を抜いて魔王に対する忠誠度が高いと聞いていたが、ナーガルーの態度を見てそれが事実である事が分かった。



 ナーガルーの視線を受けながら、俺はロレッタと道を戻る。

 途中、ダークエルフとリザードマンとすれ違う。どちらも魔軍においては珍しくもない存在だ。オークとダークエルフ、そしてリザードマンが軍の主体と言えるだろう。

 彼らを見た事で、俺は思っていた事をロレッタへと問いかける。



「なあ、聞きたい事があるんだが」

「どうした?」

「俺が魔王を倒した後、魔軍ってどうなったんだ?」



 魔軍、それは魔王が束ねる魔物達の総称である。その実は本来であれば決して交わらぬであろう亜人種デミヒューマン達を始めとした人ならざるもの達の集合体である。

 彼らを繋ぎ止めている物はただ一つ、魔王だ。魔王はその圧倒的な実力を持って、彼らを束ね、命令を下している。

 俺はその集合体の頭を切り落とした。しかし、その後の事は今まで知れずに居た。“奴ら”に力を奪われた後に、王城の地下牢獄で手酷い扱いを受けていたので、外の世界の情報を知る手段が無かった。。



「酷いものだったよ。あの魔王城での戦いの後、君たち連合軍に散々追撃され、北の“龍の牙”《ドラゴンズティース》山脈を越える事の出来た者は半分も居なかった」

「……そうか」

「父が死んで以降は魔軍からの離脱者が増えた事もあり、兵力差は広がっていき我々は滅びを覚悟した。だが、君たち人間が内輪揉めを始めたおかげでどうにかなったがな」

「内輪揉め?」



 初耳だった。そんな事になっていたとは。

 だが考えてみれば、そうなるのも当たり前だ。魔王と魔軍という強大な敵を失えば、人の作り上げた各国の連合軍もまた瓦解するというのは必然だろう。

 ロレッタは問いかける俺を見て、怪訝そうな顔をしている。何故それを知らないのか、とでも言いたげだ。



「ああ、君の仲間の一人、レンだっけ? 彼の祖国がまず連合軍からの離脱を宣言した。その後は同じく君の仲間の“聖女”リリィが聖戦の終了を宣言して聖教会が手を引いて、それ以降は今言った通り」

「あの野郎ども、そんな事を……!」



 怒りを露わにした俺に驚いた様子のロレッタを見て、俺は怒りのトーンを下げ、頭も下げた。

 彼女は何一つ関係ないのだから、ロレッタに怒っても仕方ないだろうに……

 自分で自分が嫌になった。



「彼らは英雄である筈の君に、本当にまともな扱いをしていなかったみたいね」

「そりゃ、まともな扱いがされてたら今ここに居ないさ」



 俺がそう言うと、ロレッタは笑いだした。

「アッハッハ、その通り! その通りだ! そういう軽口が叩けるようになってきた、という事は身体の方は大丈夫そうだ」



 談笑している間に、二人は城の中の一室の前へとやってきた。部屋の扉には龍と剣を形どった紋章が打ち付けられている。

 ロレッタはその扉を迷うこと無く開いた。



 部屋はどうやらロレッタの私室のようだ。食事用のホールか何かを想像していた俺としては、意外な事だった。

 部屋の中央に置かれたラウンドテーブルの上には純白のテーブルクロスが掛けられ、その上には何品かの料理が乗せられている。

 珍しい事に、テーブルの脇にはシックな黒のメイド服を身に纏ったダークエルフの少女まで待機していた。


 

「姫様、お帰りなさいませ」

 メイドの少女は恭しく頭を下げ続ける。



「この子は?」

「ああ、私の召使のような事をしている。カルーシェだ。もうグリンの事は知っているとは思うが、挨拶を」

「はい。カルーシェと申します。グリン様、これからよろしくお願いします」



 そう言うと、少女はペコリと頭を下げる。

 彼女はダークエルフの中でも肌の色は少し薄めで、浅黒い肌に緑色の目が良く映えていた。

 そして、髪の色は美しい金髪のツインテール。本来ならばダークエルフはほとんどが銀色の髪を持っており、瞳の色も黄や黒などが多いのだが。

 そこで俺は察した。



「ハーフか……」思わず口に出してしまう。しまった、と思った時にはもう遅かった。

「はい、私はエルフとのハーフになります」

 カルーシェは感情も無く、淡々と告げた。



 エルフとダークエルフの混血。それは反目し、決して交わることの無い筈の二者の間に産まれた特異な存在である事を意味する。

 それが何を意味するのかは、想像しなくても分かる。



「この子は私が面倒を見ている。他の者に任せていては色々と厄介だからな。カルーシェ、食事の用意を行ったらすまないが部屋の外に出ていてくれ」

「はい、分かりました」

 カルーシェはテーブルの上に載せられていた大きなパンを切り分けながら答えた。



 それから、ロレッタも俺もカルーシェが食事の用意を整え、部屋の外へと出ていくまでに言葉ひとつ発しなかった。  

 沈黙は俺から破った。こういう空気は苦手だからだ。

 


「決めたよ、魔王になる」



 俺の言葉を予想して居なかったのか、ロレッタは暫くの間、何も言えずにきょとんとしていた。

 そして口元に微笑みを湛えながら言う。



「ほほう、随分と早い決断のようだが」

「俺がここを出ても、行く場所なんて無い。“奴ら”の手はどこまで伸びて、逃げ切れる確証なんて無い。――それに俺は一生逃げ隠れしながら生きる暮らしなんて、ゴメンだ」



 最初は断ろうと思っていた。いくら何でも、人間が魔王として生きる事など出来ないだろうと。

 だが、ナーグルーを始めとするこの城の者達は、俺のことを敵意を持った目で見たりはしない。他の魔物達が俺をどう見ているのかは分からないが、少なくとも人間よりはマシな筈だ。

 それに、“奴ら”に対抗しようと思えば、力が必要だった。俺が失った聖剣や、魔力に替わる新たな力が。

 だからこそ、俺は魔王となる。逃げるためではなく、戦う為に。

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