第38話 二人の決意
そんな事を考えていながらと、軽食売りの屋台が立ち並ぶ一角へと辿り着く。
簡単なテーブルも備えられたその一角は、揚げ物から肉、お菓子にチャを始めとする飲み物と一通りの品が揃っていた。
気が進まないまま来たものの、いざやって来ると途端に腹が鳴る。丁度焼いた肉の美味しそうな匂いが漂ってくるが、俺はそれを振り払って何時も食べていた物を探す。
あった。魚が挟まれたサンドイッチだ。港町ではたまに見かける食べ物で、見つける度に買って居た。
「これ、美味いんだよな」
老婆が朝焼き上げたばかりなのだろう。表面が艶々と輝くふっくらとしたパンにオーソドックスな魚のフライを挟み、青菜と少しの酢の物を挟む。これで完成だ。
「……私はいい。魚は好かん。それよりも、あちらに行こう」
そう言ってロレッタが指し示したのは、ある一角だった。
そこからは凄まじく甘い香りが漂っている。どう考えても甘味の類である事は間違いないだろう。
その中の一角に早速足を伸ばし、ロレッタは次から次へと買い込んでいく。
目も止まらぬ速さだ。
そして、一通り買い込んだ彼女はホクホク顔の様子で、揚げたパンをパクツキながら両手にお菓子を抱えている。
成る程、そういう事だったのか。かの魔王の娘とは言え、やはり女子、甘いものは別腹という訳か。
納得している俺の口に、突然何かが放り込まれた。
「なっ」
少しの粉っぽさとねっとりとした食感。更に、花の香り。そして中々強烈な甘味。初めて食べるたぐいの物だった。
「どうだ」
何故か自信満々の表情で問いかけるロレッタ。
「……悪くない」
「なら、ほら」
そう言って、二、三個口の中に放り込みながら、紙袋に入ったお菓子を俺に渡してくる。食べろという事だろう。
中には小石程の大きさの様々な色の練り菓子が入っていた。
文句の一つでも言おうかと思い、ロレッタの方を見れば、彼女が両手に手にしていた菓子の入った袋が次から次へと消えている。
揚げパンも、ゴマ入りの焼き菓子も、分厚いタルトも全てが消え失せていた。なんという早業だろうか。
「流石は“大海の都”全ての菓子が美味い。それに種類が多く、東西南北様々な場所の菓子が揃っている!」
ロレッタは感心しながら、先程俺に渡してきた紙袋の中の練り菓子へと手を伸ばす。
「良い都市には、良いものが集まる。なんだかんだ言ってもそれを出来るのは人間しか居ない。魔族としては悔しいがな」
笑いながら、ロレッタは愛しそうに市場を、そして人々を見回す。
「……力では、オークやドワーフに遥かに及ばず、魔力ではエルフや竜種に遠く及ばない種族だからな、俺らは。それくらいは出来なくては」
「君の様な尋常ではない存在も時折産まれるがな」
そう言うと、またロレッタは柔らかに笑う。俺に向けた微笑みではない。優しげな慈母の様な微笑みだった。
「……なあ、グリン」
呟くように、彼女は言う。俺の方をあえて向かないまま。
「我々と人間とが、私と君のように何時か肩を並べられるといい。今は無理だろうと、ずっと後でも」
「それ、お前のオヤジに聞かせてやりたかったよ」
「馬鹿、父上にそんな事を言えば、一瞬で消し炭だ」
俺とロレッタは二人で笑い合う。
……そうか、そうだな。俺とロレッタ、かつての黒騎士とは、幾度と無く剣を交えたというのに、今ここで並び歩いている。
そういう道も、あるのかもしれないな。
「ん」
ふと、手を掴む感触があった。ロレッタだ。彼女が俺の手を握りしめている。
「今はこうしていよう。頼む」
ロレッタはか細い声で言った。
俺は、何も言わないまま、彼女の手を握り返す事で答えた。
――しばらく歩いた後、商工会の本部へと辿り着いた。
古い建物が立ち並ぶクリーンポート地区の中でも一際古さが際立つ建物だ。しかし、横に数多く並んでいる壮大な装飾を所狭しと施されている各商会の本部と比べても劣らないどころか、むしろその華美な装飾を排除した剛健さによって際立った物となっている。
そんな建物に俺は足を踏み入れた。門番に怪訝そうな顔で見られつつ。
「すみません、ご用件は……?」
中に入り込んだ途端、受付の女性がにこやかな笑みと共に近づいてくる。ここで関係者以外は排除する事になっているのだろう。
ロレッタが彼女に対して、アルカノーアから受け取った印章を見せた途端に受付の女性の表情は一変する。
「失礼致しました。アルカノーア様の遣いの方ですね。何なりとご用件をお申し付け下さい」
「アルカノーア様より、ここで下水道の地図を手に入れられると聞いて来た。案内をお願いする」
「はい。少々お待ち下さい」
女性は、受付の上に置かれた分厚い帳簿を捲りながら、目当ての物を探す。すごい勢いで帳簿は捲られて行く。
「現在市制の担当の物は出払っておりますが、三階にそのものの資料が存在しています。こちらへ」
そう言って、彼女は受付の上に「只今外出中」の札を置き、俺たちを先導して階段を登っていく。




