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第36話 おっさんと吸血鬼

「失礼する」

 教会の前で立ちはだかる物々しい形相の兵士を押しのけ、アルカノーアは中へと入り込む。

 俺たちはそれに引き続いて、中に入っていく。

 この規模の大都市の中央教会でありながらも、百人程を収容するのが精一杯という程度に小じんまりとした教会だった。

 この都市ではあまり“教会”の信仰が根付いていないからだろう。



 アルカノーアはズカズカと歩いて行く。目的はただ一つ。教壇の上で祈りを行っている司祭である。

「お早うございます、アルカノーア様」

 彼はアルカノーアの足音を聞きつけ、向き直って挨拶をする。しかし、その顔は険しく、彼女を寄せ付けない。

そして、俺には目もくれない。どうやら気が付いていないようだ。

「フランツ司祭、よくそんな平気な顔をしていられるのう」

 先手を取ったのはアルカノーアだった。



「昨夜の事でしたら、我々は教義に従っただけの事。何一つとしておかしな事は行っておりません」

 悪びれる様子も無く、フランツは言った。

「ほう、諸君らの教義には、亜人種を討伐する事を口実に市民を巻き込んで大暴れしても良いとあるのか。大した教義じゃのう」

 アルカノーアは皮肉を言ったが、フランツはそれを理解していないのか、目元に皺を寄せて不快感を示した。



「我々の第一の目的は、教えを全世界に広め、尚且つ魔の者達をこの大陸から消し去るという事。それに従っただけの事です」

蜥蜴人リザードマン周縁種ボーダーはその魔の者には含まれない、それが諸君ら教会の公式な見解じゃった筈」

「時と場合によります。そして、聞く所では蜥蜴人リザードマンが我ら教会に対して反抗的な態度を取ったとの事。十分な討伐対象と成りえますが」

 アルカノーアは頭を抱える。



「つまりは、今回の件についても、何一つ自分達は悪くないと言うのじゃな、諸君らは」

 フランツは笑みを浮かべることでそれに答えた。

「だとするなら、我ら“大海の都”商工会は諸君らの速やかな退去を求めよう」

 フランツの笑みは一瞬で崩れ落ちた。



「なっ、そんな暴挙が通る訳が無いだろう!」

「何一つとしておかしくはないと思うがの。それに諸君らの親玉は既に北の遺跡からの退去準備を行っておるぞ。遅れぬようにな」

 明らかな嘘だった。そんな事実がある筈も無いし、

 しかし、途端に、フランツの顔色は蒼白な物となる。

 


「猊下が!? まさか、そんな事がある筈が……」

 フランツは辺りを見回し、誰かを探そうとしている。

「失礼する!」

 そして、話を途中で打ち切り、外に出ていってしまった。

 


「カロリーヌ、どう思う?」

 ブラフのつもりだったのだろうが、アルカノーアですら怪訝そうな顔をしていた。

「明らかに奇妙ですね」

 言うまでもなく奇妙としか言いようがない行動だった。

 完全に勝ち誇っていた様子からのあの変貌。何かを恐れていたかのようにしか思えない。



 何かを? そこで、俺の頭を何かが掠める。

「アルカノーア」

「なんじゃ?」

「この都市で、最近何か変わった事は無いか?」

「その質問には、私がお答えします」

 カロリーヌが懐から手帳を取り出しながら言った。



「まず、数件ですが行方不明者が発生しています。港、そして住宅地であるダッチフロント地区ですね。それと、クリーンポート地区と港で巨大化した鼠の姿が確認されています。他には、教会の者達が“大海の都”へと繋がる陸路を占拠しているお陰で、物資の輸送に滞りが発生し、それに伴うトラブルが多数。それと、ショーグンを迎え入れる準備が各所で行われている。その位ですね」



「行方不明者……鼠……」

 その二つの単語を聞いた時に、嫌な予感がした。以前にもあった事だ。



「気が付いたか」

 俺の隣で話を聞いていたロレッタが問いかける。

「ああ。俺の予想が当たっているとすれば、これは本当は魔軍お得意の戦法の筈、なんだがなあ」

「何じゃ? 何を話しておるのじゃ?」

 深刻そうな顔を突き合わせている俺とロレッタの間に無理やり割り込んでくるアルカノーア。



「アルカノーア、この街の下水システムはどうなってる?」

「なんじゃ、そんな事を唐突に。この街の下水は地下を流れ、街の遥か先の海へと排出させておる」

 つまり、下水道が存在するという事だ。俺の嫌な予感が当たりつつあった。 



「もう一つ聞きたい。教会の連中がこの都を囲んでいるのは、何時からだ? 俺が来る辺りからか?」

「その質問には、私が。 二ヶ月程前からになります。 ですので、グリン様が現れるより前からになります」

 つまり、準備を行う時間は十分にあったという事だ。

「アルカノーア、落ち着いて聞いてくれ」

「? なんじゃ?」



「この街の地下に魔の者が潜んでいる。それも中々に協力な奴だ。恐らくは吸血鬼かそれに類する奴だ」

 俺の言ったことを補足するように、ロレッタが続ける。

「吸血鬼は鼠や蝙蝠を下僕とする。彼らによって集められ、繁殖させた鼠や蝙蝠を地下から一気に解き放つ事により混乱の渦に巻き込まれた都市を攻め落とす。そういう戦法が大戦中に数多く行われた」

「大戦中に一年以上も籠城を続けたドワーフの城塞都市、ガラン・ドリスが墜ちた原因もそれだった」

 つまり、どういう訳かは知らないが教会の連中は吸血鬼と結びつき、攻め込むチャンスを作り出そうとしているという事だ。

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