第31話 おっさんには辛い仕事
「アルカノーア! ロレッタを頼む!」
それだけを言い残して俺は駆ける。この街の道は良く知っている。後ろから俺を呼ぶ声が聞こえるが、それを振り切って駆け出す。
丘を下ると通りの人出はすっかり少なくなり、時折不安そうな顔をした人とすれ違う程度になる。この先へ進めば住宅街、そしてその先がフランドスティール地区だ。
夜空を炎が照らし出し不気味に輝いている。嫌な光景だが見慣れた光景でもある。破壊の火が煌々と照らす夜空、俺が幾度となく見せつけられた惨状だ。
随分と勢い良く駆けてきたので、息切れが酷い。一旦立ち止まった深呼吸をしてから、もう一度駆け出した。胸が焼けるように熱い。だが俺は足を止める訳には行かない。
フランドスティール地区に近づけば近づくほど、僅かばかりの銃声と鉄と鉄とがぶつかり合う剣戟の音は更に大きくなって俺の耳に入ってくる。最早疑いようがない。
戦いが起きているのだ。
しかし、誰が誰と戦っているのだ? 幾つかの可能性を思い浮かべるが、それは俺の足を更に早めるだけに終わる。
ようやく辿り着いたフランドスティール地区、その中央広場。そこで繰り広げられていたのは俺の予想もしなかった光景だった。
白い甲冑に金十字という見慣れた格好の兵士たちが、広場の周囲に幾つかのグループとなって無数に存在していた。教会兵達だ。
教会兵と向き合うのはこの街の兵士たち。如何にも戦いには不慣れと言った様子の人々で、槍と盾持ちを前に出して円陣を組むように一箇所に固まっている。彼らは皆、時折後ろに目を向ける。その事から中央にある何かを守っているのが分かる。
そして、辺りの幾つもの建物からは火の手が上がっている。普段通りならばすぐに消し止めようとする人々が現れるであろうが、この様子では燃えるに任されるだけであろう。
街の兵士たちが何かを守っている傍らには、数名の魔導師が対魔防壁を張り、教会の魔術師による攻撃から仲間を守っていた。
だが、その守りが破られるのは時間の問題だろう。周囲に多数存在している教会の魔術師は、単調だが数の多い攻撃を打ち込み続けている。
教会兵お得意の戦法だ。信仰心篤い兵士たちを盾とし、手数で攻め立てる。
非常に効率が悪く見えるその手法は、彼らが一種類の属性の魔法しか使えない事を由来していた。光による魔法だ。
彼らの放つ光弾は、円陣の中の魔導師達の張る対魔防壁にぶつかっては眩い光を放って消える。
更に、幾つかの重装備の教会兵のグループが円陣に対して様々な方向から波状攻撃を仕掛けている。一つの方向が攻めれば、一つの方向が撤退しつつ魔法による攻撃を浴びせる。よく統制の取れた攻勢だ。俺が見ている間にも、街の兵士たちは一人、また一人と傷つき、倒れている。
「一体彼らは何を守っているんだ……?」
俺が目を凝らす。劣勢なのは明らかだからだ。どう考えてもこのままでは彼らは一人残らず殺される事になるだろう。
そこまでして守ろうとしているのは何なのか、俺はそれが知りたかった。
広場へとさらに近づいていき、店主が逃げ出した一つの商店の中に入り込む。そして二階へと素早く駆け上がり、窓から広場を見通す。
そして、それがハッキリと目に入ってきた。
蜥蜴人だ。そして、周縁種と思わしき、獣人の少女。彼女は蜥蜴人に抱き抱えられ、怯えている。
彼らが教会兵の目標である事は間違いなかった。教会は、彼らのような亜人種を敵視している。それに、蜥蜴人の格好は資産家である事を示している。
居ても立っても居られなくなった俺は、階段を駆け下りていく。途中でボロ布を手に入れながら。
フードを目深に被り、更に一応念の為にボロ布で口周りを覆い、剣を抜き放つ。
「行くぞ……!」
俺は、気分を奮い立たせるために呟きながら、教会兵の固まりへとがむしゃらに突っ込んでいった。
「な、なんだ!?」
「新手か!」
背後からの強襲に、咄嗟の対応も取ることが出来ずに一人が切り倒される。
俺は一人を突き飛ばし、もう一人の肩に飛び乗ると、そのまま飛び上がる。
目標はただ一つ。魔術師だ。
「な!?」
唐突に現れた俺に、驚愕の表情を浮かべた魔術師は、手にしていたスタッフを俺に向けて魔法を発動しようとする。
だが、遅い。剣の切っ先が彼の腕、そして肩を貫いた。
「ヒッ!?」
俺は手放されたスタッフを叩き壊し、次の目標を素早く見つけて再び駆け出す。
殺すわけには行かない。こいつら教会の魔術師は大体貴族やらの子息が多く、この都市の置かれた複雑な立場を考えれば、本当は手出しすらしない方が良い存在だからだ。
「何者だ!?」
「増援だ!」
あちこちから叫び声が聞こえる。随分と早く気が付かれてしまった。
「チッ」
俺に気が付いた教会兵達は重装備の者を中心に陣を組み始めた。ここからは一筋縄でいかない。
「来るぞ! 構えろ!」
後ろから指揮を取っている魔術師の声が聞こえる。耳障りな甲高い声だ。
軽装の兵士たちが剣を抜き放ち、その切っ先を揃って俺の方へと向けている。そして、息を合わせたように俺に突っ込んでくる。
だが、遅い。俺はもう既に彼らの懐へと飛び込んでいた。
「オラッ!」
その中の不運な一人を切り飛ばし、次の兵士の胴に剣が突き刺さる。引き抜きながらその兵士の腰元の短剣を奪い取り、魔術師の近くで守りを固めている重装の兵士へと投げつける。
短剣は兵士の顔面に突き刺さる。それを横目で見ながら、俺は更に二人を切り裂き、遂に囲みを抜けた。
「く、来るぞ! 私を守れ!」
魔術師の怯えた声が俺の耳に入る。その声とほぼ同時に、重装兵が一斉に武器と盾を構える音が聞こえた。動かずに俺を待ち構えようとしているのだろう。
だが、一箇所、守りが甘い所がある。顔面に短剣を受けた兵士の所だ。
そこへと迷わずに飛び込んでいく。
待ち構えていた兵士たちの持つ槍が、俺目掛けて振り下ろされる。だが、それを剣で受け止めながら僅かな隙間へと入り込んだ俺はそのまま魔術師の所へと突進していく。
「ひいッ」
小太りの魔術師は逃げ出そうとするが、己の長いローブにつんのめり、そのまま転げてしまう。
俺は手放されたスタッフを叩き壊すと、二度ほど蹴りを入れた。