第23話 魔術の都の底で
――魔術都市ヴェネラ、国立魔術学院、受付――
Side:ツバキ
彼らが瞬きをする合間も無かった。僕の刀は二体のエレメントを引き裂く。
更に、一瞬の間に二人の懐まで距離を詰め、峰で彼らの頭を打ち付ける。
「グエッ」
「ギャッ」
二人は情けない声を出して昏倒する。
「ふん、他愛もない」
そう言って路地を後にしようとした時だった。
「何を騒いで……お前! 何をしている!」
間が悪い事に、巡回の兵士に見つかってしまった。
僕は手を上げて、敵意が無い事を示す。
「こいつらから絡んできたんです」
兵士は僕を無視して、倒れている男達の元へと歩み寄り、何度か頬を叩き、起こそうとしている。
「ダメだ、完全にノビてやがる」
「もう行って良いかな?」
「何を言っている。貴様が被害者であるという証拠など、どこにも在りはしないではないか!」
「エレメントまで出して脅してきたんだ、僕には何も」
「ん、お前、剣士か。だとするならば、余計に逃がすわけにはいかんな」
兵士は有無を言わさず、僕の腕に手枷を嵌める。
「なっ」
絶句する僕を見て、兵士はニヤついた笑いを見せる。
「お前の様な非魔道士が、魔道士に暴力を振るったという事が許される筈はない」
取り付く島もないとはこの事だろう。最悪だ。実に最悪だ。こんな街、来なければよかった。
「だが、今この街はこの騒ぎだ。留置場は既に満杯となっている」
「だったら無罪放免という事で許して欲しいな」
「阿呆が、お前が今から行くのはあそこだ」
そう言って兵士が指差したのは、小高い丘の上にそびえ立つ塔。遠目で見てもその古さと外壁にこびり付いた苔が青々としているのが分かる。
このヴェネラが都市として成立する以前から存在していたと言われる“奈落の塔”だ。
噂によれば、あの塔は遥か地下へと続いており、地上に見えているのは僅かな先端部に過ぎないとまで言われている。
だが、あの塔が使われているという話は聞いたことが無い。ただの歴史的建造物に過ぎない筈だ。
兵士は僕の頭に浮かんだ疑問に答えるように言う。
「あの塔が今、臨時の留置場となっている。しばらく頭を冷やすんだな」
そう言って、僕の腕を掴むと歩き始めた。
しばらく歩いて丘の上へと辿り着いた後、僕は塔の前で見張りを行っている兵士へと引き渡された。
「旅人と聞いた。この街へは何をしに?」
「妹を探しに来た。あの学院に通っているんだ」
兵士は僕に対して幾つも質問をしながら、手にしている分厚いノートに何やら熱心に書き込みを行っている。
聞かれた事は、名前、身分、この街を訪れた理由、滞在期間の予定。幾つもの部分をはぐらかしながらも、難なく答えていった。
「では、こっちへ来い」
中に入ってから、随分と長く螺旋階段を下っている。だが、まだ底が見えはしない。噂は本当だったようだ。
「いつまで続くんですか? この階段は」
兵士は僕の声に反応すらしない。何度か話しかけてみたが、同じ調子だ。
しばらくして、ようやく底へと辿り着いた。幾つかの小部屋と、既に先客が何人が見える檻。そして、階段の反対側に存在している随分と大きな扉。
兵士は一角に存在している檻の扉を開けると、そのまま強く僕を押し込んだ。
「これは解いてくれないのかい!?」
僕は手枷を見せながら訴えかけるが、彼は無視してやって来た階段の方へと歩いていく。
ランプの淡い光が映し出す兵士の表情には、恐れの色が浮かんでいた。一刻も早くこの場から立ち去りたいという表情。
僕はそれを見て、違和感を感じ取った。檻の中の先客達も、同じような表情を浮かべていたからだ。
「嬢ちゃん、運がなかったな」
僕に話しかけてきたのは、頭が禿げあがった中年の男だった。実に気の毒そうにこっちを見てくる。
「そうだね、この街に来て不運続きさ」
「そうじゃない。恐らく俺たちは生きて帰れねえぜ」
「? 何を言って……」
その時だった。扉の向こう側から、この世の物とはとても思えない痛切な悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴を上げながら、何度も何度も扉を叩いている。しかし、扉が開くことはない。
そして、暫くすると静かになった。最初から何も聞こえなかったかのように静かに。
禿頭の男は、虚ろな目で扉を見ながら言う。
「俺たちは一人ずつ、あの扉の向こうへと連れて行かれる。そして戻ってきた奴は誰一人として居ねえ。そしてあの悲鳴さ。何が行われているかなんて、容易に想像出来る。祈りは早い内に済ませておくんだな」
そう言って禿頭の男は僕から離れていった。
何が起きているのだ? あの向こう側で。
――中央平原、ルナリア連邦、北部森林地帯――
Side:グリン
「では、後の処理は任せました」
モントラ族の里を離れた俺たちは、一旦北へと向かう。目指すはアイアンヘッド族の居留地だ。
「~♪」
俺の横に居るのは、随分とゴキゲンなロレッタだ。鼻歌まで歌いながらステップを踏んで歩いている。
「随分とご機嫌じゃないか」
「フフ、君と素敵な夜を過ごしたからな」
何時もの様にからかってくるロレッタに溜息を付くと、少し距離を取る。
しかし、今日は普段とは違い、距離をとってもくっついてくる。
「そういう君は随分と不満気な表情じゃないか。ダメだぞ、君がそんな顔をしていては。皆が不安がる」
ロレッタは俺の顔に手を伸ばすと、無理やり口元を上げてくる。
「何をする」
「無理やり笑わせた」
そう言ってロレッタはケタケタと笑う。
歳相応ではあるのだろうが、普段とは違う様子に違和感を覚えざるを得ない。
そんな俺達をクロエが遠巻きに見ている。
しかし、彼女の何時ものひょうきんな様子は見えない。
不安になった俺は、ロレッタの横をすり抜けて彼女の元へと向かった。