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第19話 決着と情け

「終わったな」

「ええ、そのようです」

 そう答えたニシェクの顔は、意外な事に晴れ晴れとしていた。

「なんだ、人の顔をジロジロと」

「いや、アンタがあの男に付かなかったのが不思議だと思ってな」

「私の忠誠はニル・ヴァン様、そしてロレッタ様へと捧げられている。その障害となるのであれば、幾ら旧友であれ踏み越えるしかあるまい」

 俺の言葉に、ニシェクが答える。彼は旧友ではなく、今の主を選択した。色々と俺には不満があるようだが、彼女が俺を支持している限り、彼の裏切りは無いと見て良いだろう。



「お前ら、私を見捨てるのか」

 クラヴィツは最後の希望にすら裏切られ、明らかに落胆した様子で群衆を見ている。

「魔王様、それもニル・ヴァン様の娘と争うつもりはねえや」

「そうだそうだ!」

「こんな人間の男が、次の魔王になるというのを認めるというのか!?」

「文句はあるが、異論はないな」



 一人の男、中年程だろうか。その一人が歩み出てクラヴィツに言う。

「ここで暮らせるように色々と手筈を整えてくれたのは、ニル・ヴァン様だろうに、その娘っ子に刃を向ける方がおっかねえ。族長、アンタの兄弟が人間に殺されたってのは知ってるが、揉め事を起こす事でも無い筈だ」

 なるほど、俺はそれでこの男の頑迷さにも納得が言った。そうであれば俺を含めた人間に対して恨みを抱いていてもおかしくはない。

 そして、彼も言っていた恩義とか、そういう事か。恐らくこの場は障壁か何かによって人間の目から隠されているのだろう。 



「あれは……」

 ニシェクが目を細めながら、群衆の一角を見つめる。そこには小さな争いと、群衆の中から抜け出る一つの影があった。

「ロレッタ殿に一つ! 質問がある!」

 群衆の中から現れたのは、ナディラだった。

「その人間、グリン・ジレクラエスが次代の魔王として立つ、ロレッタ様、我々が貴方がそれを認めるという事に異論はない。しかし、他部族や他種族の理解と協力が得られるのか! ソレについて、説明をお願いしたい!」



 ロレッタは澱み無く答える。

「既にオークのアイアンヘッド族には了承を取り付けてある。リザードマンのヴァルカンも同じだ。山脈の向こう側にはどちらにせよ、行く必要があるだろうが、了承が得られないとしても何一つ問題はない。その時には力を示せばいい」

 そこで、ロレッタは一旦言葉を止める。

 俺を含めて、皆が固唾を呑んで彼女の次の言葉を待つ。

「それに、私がこの男の嫁となる。よって正当性という点での問題は何一つとして存在しない」

 優しげな顔に、頬を少しばかり赤く染めての言葉。

 天性の演説者だ。参った。俺がどう転んでもこの娘に口で勝てる光景が思い浮かばない。



 ナディラは納得したのか、そのまま引き下がった。

「では、諸君らの協力は、先代の時と変わらずに得られるという事で良いな?」

 無言のままに、多くのダークエルフ達が頷く。 

「という訳だ、クラヴィツ」

 彼はがっくりと肩を落とし、絶望に満ちた表情となっている。

 彼は今や、家を失い、誇りを傷つけられ、そして恐らく、このままだと族長の座すら彼らの誰かに取って代わられる事になるだろう。



「なあ、ロレッタ」

「どうした」

 演説を終え、晴れやかな表情となったロレッタが、少し汗ばんだ顔をこちらへと向ける。

 俺は彼女を少しばかり引き離し、耳打ちするように話し掛ける。

「アイツ、どうするつもりだ?」そう言って俺はクラヴィツを指し示す。

「成り行きに任せるさ。恐らくこの部族の者の誰かが取って代わる事になるだろうが」



「それなんだが、どうだ、許してやれないか?」

「正気か?」

「もう十分だろう、これ以上晒し者にする必要もない」

 ロレッタは、まだ何か言いたそうにしていたが、俺の決意が堅いと見て取ると、深い溜息を一つ吐く。

「ふう、君の甘さは冒険者時代と変わっていないのだな」

「仕方ないだろう」俺は少しムッとしながら言うと、彼女は不器用に笑う。

「悪いなんて一言も言っていないだろう? あの最後の戦いの時に君の甘さに救われていなければ、私は今ここに立っていない」



「ニシェク、少しいいか?」

「はっ、なんでありましょうか」

「陛下の要望だ。クラヴィツを族長の座に留める様に、部族の者を説得してやって欲しい。それと、クラヴィツの説得もだ」

 ロレッタの言葉が最初は信じられなかったのか、ニシェクは目を丸くして聞いていたが、暫くするとドンと胸を叩く。

「おまかせ下さい! 私の生命に変えてでも、説き伏せて見せましょう!」

 これで本当に終わりだった。俺とロレッタの二人は、ニシェクを残して里を後にした。



 仲間たちの所に戻る頃には、日が暮れようとしていた。俺を出迎えたのはナーグルーだ。

「終わったのカ?」

「ああ、終わりだ終わり。俺の出番なんてほとんど無かったよ。全部ロレッタが片付けた」

「姫様は、口が立つからナ、彼の父……先代魔王とハ、随分違ってル」

 俺は、対峙した時のニル・ヴァンを思い起こす。無骨な男で、寡黙な印象を受けた。剣と剣をぶつけ合い、死力を尽くした戦いの最後にも、彼は不満の一つも無く、満足して逝った。

「グリン、少し良いか?」

 ロレッタが遠くから俺を呼んでいる。



「悪い、少し行ってくる」

 俺の言葉に、ナーグルーは恭しく頭を下げた。律儀なやつだ。

 駆け足でロレッタの所に向かうと、焚き火の近くの簡易テーブルに、地図を広げていた。

「グリン、次の目的地はここだ」

 いきなり話しかけてきたロレッタが指し示したのは、遥か東。

 その周辺地域には見覚えが合った。かつて、東方諸島へと向かう時に巻き込まれた騒動、その発端の地だ。

 通称大海の都、ティ・クェナ・ルゥ。


非常に重要な誤字修正(西→東) 1/8

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